天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

神奈川近代文学館

 JR根岸線石川町駅で下車して、元町通りを歩き、途中から汐汲坂を登って外国人墓地港の見える丘公園とたどり、神奈川近代文学館へ行く。いつものコースである。常設展で、「神奈川の風光と文学」のコーナーでは、25人の神奈川ゆかりの文学者の作品世界、特に「漱石山房」の書斎を再現している。また、「文学の森 神奈川と作家たち」のコーナーで、それぞれの作家の生涯と代表作が展示されている。そして今回の特別展は、「井上靖」である。生誕百年記念という。
 くるたびに刺激を受けるのは、作家それぞれの直筆原稿の展示である。例えば、芥川龍之介蜘蛛の糸」、山本周五郎青べか物語」など種々ある。取材ノートや創作ノートにも感心する。井上靖の場合、14000点にのぼる資料が、ふみ夫人から神奈川近代文学館に寄贈され、「井上靖文庫」として保存されている。それらの中から、初期詩稿、「しろばんば」「猟銃」などの原稿や中国・西域取材ノートなどが写真と共に展示されている。ノートの数の多さと、しっかり書かれた内容には、圧倒される。
 過ぎし日、「青き狼」や「楼蘭」など井上の小説を読み耽った。彼の詩情あふれる文章に惹かれた。井上は何度かノーベル文学賞の候補に上ったが、実現しなかった。もし彼が受賞していたら、現代日本文学の評価がもっと豊かになったであろう。
 公園の坂道脇には雨に濡れて槿や桔梗が咲いていた。


      代官坂も汐汲坂も梅雨の中
      梅雨に泣く石の下なる骨あまた
      梅雨に消ゆベイブリッジは光のみ


  あかあかと柘榴は笊に盛られたり元町通りのさる
  ショーウィンドウ


  デスマスク、千円札の肖像と見比べたれば同じ口髭
  書きなれし万年筆の文字太く原稿用紙の桝目はみ出づ
  墓石はマーシャル、クラーク、リチャードソン桜根方に
  黒光りせる