天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2021-11-01から1ヶ月間の記事一覧

祖父、祖母を詠む(3/6)

金沢の「天狗舞」と呼ぶ酒に父の父へと血を手繰り寄す 中川佐和子 *天狗舞: 1823年(文政6年)の創業。銘柄の由来は、蔵が深い森に囲まれ、木々の葉のすれあう音が天狗の舞う音に聞こえたとの伝説から「天狗舞」の名が生まれる。(WEBから) 祖父の本ひら…

祖父、祖母を詠む(2/6)

祖父また父さびしき検事近眼のこの少年の楽器を愛す 大野誠夫 敗北はあるひは罪かブラキストン・ラインこえきし祖父を超すべし 時田則雄 *ブラキストン・ライン: 津軽海峡を東西に横切る動物相の分布境界線。 津軽海峡線ともいう。イギリス の 動物学者 の…

祖父、祖母を詠む(1/6)

かたがたの親の親どち祝ふめりこの子の千代を思ひこそやれ 後拾遺集・藤原保昌 *「父方母方の親の親同士が孫の袴着を祝っているようです。子の子(孫)が輝かしく長生する事を私も心から願っています。」(WEBから) 祖父父母とつぎつぎ承(う)けて伝へたる血…

力石を詠む(十一) 高島慎助

岩田書院から出たこの本(画像参照)の帯には「かつて男達が力を競った力石。その力石に想いを込めて詠まれたものである。俳句、短歌、川柳など340作をまとめた。」とある。 掲載頂いたわが作品(俳句と短歌)は以下のようなものである。各々に関連する力…

鳥のうた(12/12)

見られゐることに気付かず蹲(つくばひ)の氷(ひ)を突く鳥の<一所懸命> 楠田立身 *蹲: 茶室に付属する露地に低く据え付けた手水鉢。客が手と口を清めるために使用する。 ひそと来て宗旦椿の淡紅の葩(はな)食ふ鳥にわれはあこがる 脇坂初枝 *宗旦椿: 千利休…

鳥のうた(11/12)

空に鳥あれば言葉はあわれなり鉤になれ鳥、竿になれ鳥 三枝昂之 *空を飛ぶ鳥の群を見た時に浮かぶ言葉について詠んだようだ。 みつみつと新葉重なる樹の中へ入りゆき鳥のまどかなるこゑ 人見邦子 翔る鳥の影を歓び遠く見るはてははるかに影を作らず 大河原…

鳥のうた(10/12)

ゆふぐれの鳥さけびつつ生きてゆく途上の孤独まぎれもあらず 柴 英美子 くちばしに鳥の無念の汚れゐて砂上に肺腑のごとき実こぼす 小中英之 まどろめる沼に降り立つ白き鳥スカーフ一枚ほどの軽さに 鈴木美江子 *上句の情景描写が不可解。まどろむ、降り立つ…

鳥のうた(9/12)

薄にごる気圏をよぎる鳥のむれこぼせる声は土にとどかず 押山千恵子 * 気圏: 地球の大気が存在する高度一〇〇〇キロメートルくらいまで範囲。 暮れあしを早める鳥の影は増しいちもくさんの森のふところ 村山美恵子 *いちもくさん: 一目散(わき目もふら…

鳥のうた(8/12)

水銀灯ひとつひとつに一羽ずつ鳥が眠っている夜明け前 穂村 弘 *水銀灯: ガラス管内の水銀蒸気中のアーク放電により発生する光放射を利用した光源。代表的な使用法として街灯や体育館、ガソリンスタンドなどの照明器具に使用されることが多い(辞典より) …

鳥のうた(7/12)

鳥はいやしき同情者たることなけれ人なぐさめてゐるわがあはれ 三井ゆき きららかについばむ鳥の去りしあと長くかかりて水はしづまる 大西民子 *ついばむ鳥と水との関係が分からないが、見たままの情景を詠んだのだろう。 真っ黒な卵を一個産みにしが卵も鳥…

鳥のうた(6/12)

空わたる鳥に肺癌ありやなしや聞くべくもなきあかつきの声 前川佐美雄 夜を翔ぶ鳥のむれありそのこゑの痩せたる風土に沁みとほるなり 轟 太市 まさびしきことなからむに羽毛ふかくくちばし埋めて鳥のねむるよ 穴澤芳江 遂げよとて空のまほらを行く鳥は小さく…

鳥のうた(5/12)

おなじ速さに円を描きてゐる鳥よかかるかたちの孤独もあらむ 谷井美恵子 *なんとも独特な感性!、面白い比喩!。 くらみくるまなこに凝りてかなしきは山越えてゆく真白羽の鳥 岡野弘彦 *上句は、自分のまなこの状態を指しているのだろう。 わが胸郭鳥のか…

鳥のうた(4/12)

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に 与謝野晶子 さまざまの鳥の標本を舗道(ほどう)より吾は見たれば生ける鳥も居り 佐藤佐太郎 重くゆるく林の中をくだる影鳥はいかなる時に叫ぶや 高安国世 見おろしの空地よぎりて木より木へ見えざる糸を…

鳥のうた(3/12)

けふもまた垣根のうばらつたひ来て霜ふむ鳥の跡はありけり 望月長孝 *うばら: とげのある植物のこと。いばら(茨)。 むらぎものこころたのしも春の日に鳥の群がり遊ぶを見れば 良寛 *むらぎもの: 「心」の枕詞。 たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠か…

鳥のうた(2/12)

鳥ならばあたりの木々にかくれゐてほれたる声に我が泣かましを 古今和歌六帖・よみ人しらず 絵にかける鳥とも人を見てしがな同じところを常にとふべく 後撰集・本院侍従 *「絵に描いてある鳥であるとあの人を見たいものだ。同じ所(私の家)をいつも訪うよ…

鳥のうた(1/12)

日本文学においては、鳥は花鳥風月として日本の自然美を形成する景物の一つである。 『万葉集』には、鵜、鶯、鶉、鴨、鴎、烏、雁、雉、鷺、鴫、鷹、千鳥、燕、鶴、鶏、鳰、雲雀、時鳥、都鳥、百舌鳥、山鳥、呼子鳥、鷲、鴛鴦などの具体的な鳥の名がみえ、ほ…

旅を詠む(6/6)

この齢になつての旅はもう無理か馴れぬベッドにしばしばも覚む 清水房雄 道のべの 仏の銭をいただきて ひもじき旅を行きし日おもほゆ 岡野弘彦 月光は湾をくまなく照らしいて旅の途上にみる旅の夢 谷岡亜紀 あれは滝ここは紅葉とささめゆき降るやうならむ旅…

旅を詠む(5/6)

つまりつらい旅の終りだ 西日さす部屋にほのかに浮ぶ夕椅子 大辻隆弘 白波が脳(なづき)の芯にとびかかるしびれるやうな旅のさびしさ 日高尭子 ほんとうの自分をさがす旅に出るにせの自分もいとしき四月 有沢 蛍 珊瑚の彩にこころ染まれる旅の夜は青きさかな…

旅を詠む(4/6)

逃亡のごと北へむくわが旅の遥か来たりてまたある峠 西勝洋一 遠く来しもみぢの山にみづからの修羅見てめぐる 旅とはなに 畑 和子 *修羅: 醜い争いや果てしのない闘い、また激しい感情のあらわれなどのたとえ。 頼られてゐしいく年ぞ長き旅なし得ずすぎし…

旅を詠む(3/6)

現身(うつせみ)のはてなき旅の心にてセエヌに雨の降るを見たりし 斎藤茂吉 道に死ぬる馬は、仏になりにけり。行きとどまらむ旅ならなくに 釈 迢空 *新しく出来た馬頭観音像を見ての感想。次の歌も有名。 人も馬も道ゆきつかれ死ににけり。旅寝かさなるほど…

旅を詠む(2/6)

くさまくら旅となりなば山のべに白雲ならぬわれややどらむ 後撰集・伊勢 おぼつかないかになるみの果てならむ行方もしらぬ旅のかなしさ 千載集・源 師仲 旅の世にまた旅寝して草まくら夢のうちにもゆめを見るかな 千載集・慈円 飽かずのみ都にて見し影よりも…

旅を詠む(1/6)

旅に抱く感情は、時代によって変遷している。古典和歌の時代は、旅を苦しいものと感じる傾向が一般的であり、人生と重ねてみることも多い。時代が進んで、物見遊山の余裕が出てくると悲壮感は薄まってくる。旅の語源には、「たどる日」「他日(たび)」「外…

温故知新(9/9)

次に、いくつかの局面で小池の特徴がよく現れている歌をみていこう。先ずは、ユーモアに批評が加わるウィットの例。 「子供より親が大事、と思ひたい」さう、子機よりも親機が大事 『時のめぐりに』 更に旺盛な批評精神の現れている歌として、 一片の岩片を…

温故知新(8/9)

第二には、主語の扱い方である。動作の主語を隠すことによる謎かけ。作者以外の主語を明確にせず、その動作だけを述べることで読者を立ち止まらせる。 あち等こち等に突きあたりつつ入りきては納簾のひもの鈴をゆすれり 上句の主語を隠して下句で別の主語を…

温故知新(7/9)

なお、思っていないと詠うことで、実は思っていることを暴露する歌は、斎藤茂吉が得意とする方法であった。次の例は有名。 はるばると一(ひと)すぢのみち見はるかす我は女犯(によぼん)を おもはざりけり 『あらたま』 では、小池光の短歌における知の詩…

温故知新(6/9)

小池が塚本から引き継いだ考え方に、「不在の在」がある。写真家・中野正貴は「人のいない風景」というテーマで、銀座や渋谷の繁華街の無人の時を撮影して、見る者に逆に人間の存在を強く感じさせている。 短歌では、事象が「ない」と詠うあるいは「思わない…