天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2020-02-01から1ヶ月間の記事一覧

北原白秋の新生(2/9)

『雲母集』の性格 先ず白秋短歌における『雲母集』の位置づけを明らかにするため、第一歌集『桐の花』と生前最後の歌集『黒檜』からもそれぞれの巻頭歌を上げてみよう。白秋の場合、巻頭歌がその歌集の性格を代表していると思えるからである。 春の鳥な鳴き…

北原白秋の新生(1/9)

はじめに 『雲母集』は、大正二年五月から翌年二月までの約九ヶ月間を相州三浦三崎に過ごした生活の所産である。白秋の生涯中最も重要な一転機を画したもので、初めて心霊が甦り、新生がこれから創まった、と白秋自身述懐している。大正四年八月刊行。ちなみ…

身体の部分を詠むー指(2/2)

動物の指の数は進化の分岐と共に分かれ、種によって指の本数が異なる。人の指の数は主として5本であり、それ以外は奇形として扱われる。 晴天にもつるるとほきラガー見む翳(かざ)せしゆびの間(あひ)の地獄に 塚本邦雄*競技にもつれているラグビー選手たちの…

身体の部分を詠むー指(1/2)

大和言葉としての「ゆび」は手足両方を指すが、漢字の「指」は手偏が付いていることからもわかるとおり、本来は手の「ゆび」を意味する。 おのが指あやしと見るやこの子はも見つつ動かす小さき指を 窪田空穂 しんしんと雪ふりし夜にその指をあな冷めたよと言…

身体の部分を詠むー手(3/3)

風に乗らば雲にもとどかむわがをとめ母が手引くは重たかるべし 五島美代子*「わがをとめ」は、急逝した長女のことであろう。母たる作者が死に行く時、長女が手を引いて天に昇ってゆく情景を想像したようだ。 卓上に塩の壺まろく照りゐたりわが手は憩ふ塩の…

身体の部分を詠むー手(2/3)

「手」の字音は、漢音が「シュウ」、呉音が「シュ」で、物を「取・執(しゅ)する」、つまり「とる」意味や、「守」「受」といった意味からきている(「語源由来辞典」)。 鳥籠の水をし更(か)ふとさし入るる手のむくつけく大きかりけり 宇津野研 冬の夜の火…

身体の部分を詠むー手(1/3)

「手」には、技術、腕前、筆跡、手段、部下などの広い意味があるが、ここでは身体の手を詠んだ作品をとりあげる。 目には見て手には取らえぬ月の内の楓(かつら)のごとき妹をいかにせむ 万葉集・湯原王*四句までが妹に掛かる詞である。中国の伝説では、月の…

身体の部分を詠むー足(8/8)

胸裡(うち)にひと日砂丘(すなおか)波だてば歩くことなき足裏かゆし 引野 収*引野 收(本名:浜田 弘収)は、高野山大学卒業後、高校教師となるが肺結核にかかり、以後病床で作歌。70歳で逝去。この生涯を想えば、一首はよく分る。 湿りもつ草生(くさふ)を過…

身体の部分を詠むー足(7/8)

くるぶしの突起をなでて夜半を居りこれは骨、いづれただのしら骨 高野公彦 青年の腓(ふくらはぎ)細く去り行けば生は黎明のごとく至らん 前田 透*下句が分かりにくい。「生」とは作者の「生」であろうから、青年が立ち去ったあと、生き甲斐を感じた、という…

身体の部分を詠むー足(6/8)

麻痺のなき片足に波蹴りつづけ物言わぬ児の声挙げ泳ぐ 河野きよみ 遠き別れミステリーならむ夜の椅子青梅雨の足しめりてきたり 高崎淳子*人と遠く分れた青梅雨の時期、夜の椅子に座っている時の感触を詠んだと思われる。ただ読者には、何が「ミステリーなら…

身体の部分を詠むー足(5/8)

混雑に立ち得ぬ脚をあきらめて終の別れに行かず許せよ 落合京太郎*落合京太郎は、本名・鈴木忠一。東京帝国大学法学部卒後、各地地裁判事、最高裁人事局長、司法研修所所長などを経て弁護士となる。そのかたわら、大正14年アララギ会に入会し、土屋文明に師…

身体の部分を詠むー足(4/8)

冷えゆるむたたみを踏みてゆく素足いづこか春の清水湧く音 山本かね子 美しき脚美しき花の色ひとときともに息す車内に 小野茂樹*美しき花は美しき脚の人が抱え持っているのだろう。 沓ぬぎし素足にはかに跳べさうなわれはもともと奔馬なりしか 大塚陽子 速…

身体の部分を詠むー足(3/8)

あかときに吾を踏みつけて厠にゆく信三の足の大きくなりぬ 五味保義*五味保義は、長野県下諏訪町出身の歌人、万葉学者であった。齋藤茂吉、土屋文明の指導を受けながら歌誌「アララギ」の発行に携わり、戦後は、世田谷区奥沢の自宅を「アララギ」発行所とし…

「奥の細道」の朗読を聞く

閑話休題。NHK・BS3で2月12日に「英雄たちの選択 徹底解剖 奥の細道」を見た。磯田道史、嵐山光三郎、長谷川櫂、佐藤勝明、杉浦友紀(アナウンサー)というメンバーであった。芭蕉研究の専門家を集めての「奥の細道」談義であったが、大方は知って…

身体の部分を詠むー足(2/8)

ここに挙げた一連は、いずれもすぐには理解できない。作者の感情の動きに追従できるだろうか。 板の間に足指重ねて坐るとき不服従なるわれの姿よ 中城ふみ子*板の間に正座して坐っているのだが、相手に対しては言うことをきかない姿勢であることを詠んでい…

身体の部分を詠むー足(1/8)

足は古くは「あ」だけだった。文献時代に入り、「し」を伴う用法があらわれた、という。現代短歌では、足が多く詠まれている。 剣刀(つるぎたち)諸刃(もろは)の利(と)きに足踏みて死なば死ぬとも君に依りなむ 万葉集・柿本人麿歌集*一首の意味は、「諸刃の…

身体の部分を詠むー膝(2/2)

はかなきに似て身辺にきしむおと膝をくづせるときに聞きたり 遠山光栄 膝ひらいて搬ばれながらどのような恥しくなき倒されかたが 平井 弘*膝を開いて倒れている状態は恥ずかしいのだ。 春うらら女人の僧の正信偈 幼みたりの膝の神妙 勝井かな子*正信偈: …

身体の部分を詠むー膝(1/2)

如何にあらむ日の時にかも声知らむ人の膝の上(へ)わが枕(まくら)かむ 万葉集・大伴旅人*大伴旅人が奈良の都の藤原房前に琴を贈ったときに添えた歌で、少女に化した琴が詠んだ形をとっている。意味は、「いつの日にか私の声色を理解してくれる人の膝の上をわ…

身体の部分を詠むー胸(3/3)

骨太くわれ削られてふたふさの胸ある者に恋ひわたるなり 高野公彦*初句二句の表現が独特。女性を恋慕っている男の心情を、肉体の上で言い換えたもの。 胸に一つ点る思ひに風の間をショートカットに吹かれて歩む 永井正子*下句の表現が分かりにくい。ショー…

身体の部分を詠むー胸(2/3)

常臥の胸にひろげし世界図を閉ぢむ配られてコロッケが待つ 瀧沢 亘*瀧沢亘は、少年の頃から肺病と闘い、サナトリウムに入りながら作歌活動を続けた。享年41。これで上句の情景が鮮明。 灯に見えて夜を濯ぎの母の胸小さくてかなしい日本の母 橋本俊明*「小…

身体の部分を詠むー胸(1/3)

胸は、人の腹の上部を指す。身体の重要な部分を総合的に表す「むね(身根)」からきているという説が有力。家屋の中心部にあるものも「むね(棟)」である。 今更に妹に会はめやと思へかもここだわが胸おほほしからむ 万葉集・大伴家持*笠女郎が大伴家持に…

身体の部分を詠むー首(3/3)

駅頭に出会いてマフラー巻きやればいたく素直にほそき娘(こ)の頸 久々湊盈子 空なべて動くと見ゆる雲の原見上げる首は体(たい)を離れず 花山多佳子*下句は当たり前のことを言っているのだが、それは上句の情景が当たり前で無かったことを言うためであろう。…

身体の部分を詠むー首(2/3)

ぬれ雑巾たたきつけグシとつぶれたる感触に聞き首はきられつ 大家増三*斬首の際の感触を詠んでいるようだが、作者は斬首の場に立ち会ったのだろうか。 陽を背にし砂丘に佇(た)てば影のびて首から上は海に没しぬ 山名康郎 鋸の熱き歯をもてわが挽きし夜のひ…

身体の部分を詠むー首(1/3)

首は、頭と胴をつなぐ部分。「く(凹)」を語根とする。 わが恋は千引(ちびき)の石(いは)を七ばかり首にかけむも神のまにまに 万葉集・大伴家持*「私の恋は、千人引きの岩をも七つばかり首にかけてもよいと思うほどであり、神さまの思し召しのままにしたい…

身体の部分を詠むー髪(13/13)

シニヨンの髪をほどきてしまらくは死者を思わむ揺り椅子に揺れ 道浦母都子*シニヨンとは、束ねた髪をサイドや後頭部でまとめた髪型のこと。ファッション性より動きやすさを重視した髪型として認知されている。 くらやみに髪をあみつつ手に触れしなにものの…

身体の部分を詠むー髪(12/13)

さびしさにうそりうそりと増える髪肩に垂らして森のごとをり 日高尭子 髪を洗へば何をかを待つやうなこころひからせ樹雨(きさめ)がにほふ 日高尭子 髪短かく切り揃へ来し妹にフランネルのやうな子を返しやる 江口百代 エヴァの髪アドルフの髪ならび居り顎上…

身体の部分を詠むー髪(11/13)

夢なにか見たりしあさの頭髪を掌に束ぬれば汚れて重し 阿木津 英 黒髪に少しまじりて白髪のなびくが上に永久のしづまり 土屋文明 白髪のフライドチキンのをぢさんに「米帝かへれ!」と叫ぶ如月 仙波龍英 ぬれそぼりしわが蓬髪を吹き上ぐる風のなかにて薄き虹…

きさらぎの富士

閑話休題。 一月末のテレビ報道では、新型コロナウィルスの世界的な蔓延の兆候で大騒ぎ。ピークは四月頃ではないかというが、不安極まりない。 二月一日の朝、散歩に行こうと玄関を開けてびっくりした。林の合い間に大きく白い山容が見えたのである。まさか…

身体の部分を詠むー髪(10/13)

そのなびく髪は感情のごとくにて遠渚こそかなしかりしか 上田三四二 春宵に眼とぢおもへばそそぐ湯に黒髪はくちなはのごとくありしを 上田三四二*これら二首は、いずれも奥さんの髪に関して詠ったものだろう。 黒髪を手にたぐりよせ愛(かな)しさの声放つま…