天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2020-01-01から1年間の記事一覧

罪を詠む(3/3)

わが罪を我が悔ゆる時わが命如何(いか)にかならむ哀(かな)しよ吾妹(わぎも) 伊藤佐千夫 あなあはれもつべきものは子なりけり子は身にかぶれ父親の罪 岡 麓 仮借なき罪の意識におびえつつ砂の乾きし舗道をゆきぬ 三国玲子 *仮借なき: 許せない。 うな垂れて…

罪を詠む(2/3)

古典和歌では、罪を詠んだのは僧侶に多く、釋教歌になっている。 繰返しわが身のとがを求むれば君もなき世にめぐるなりけり 行尊 *「繰り返し我が身の罪業を探し求めると、それは君の亡くなった世にいつまでも生き長らえていることであった。」 行尊: 平安…

罪を詠む(1/3)

罪の語源は、「つつむ(障)」の連用形名詞「つつみ(障)」の略という。次の歌で原義が用いられている。その後、共同で守るべき秩序(法律、教義、法則など)を乱す行為を意味するようになった。同義に「咎(とが)」がある。「あやまち」のことで、語源は、…

感情を詠むー「忍ぶ」 (4/4)

玉の緒よたえねば絶えね長らへば忍ぶることのよわりもぞする 新古今集・式子内親王 *「命よ、絶えるのならば絶えてしまえ。このまま長く生きていれば、恋に耐え忍ぶ力が弱ってしまいそうだから。」 忍ぶるに心のひまはなけれどもなほ漏るものは涙なりけり …

感情を詠むー「忍ぶ」 (3/4)

葉がくれに散りとどまれる花のみぞ忍びし人にあふ心地する 山家集・西行 なさけありし昔のみなほ忍ばれて存(ながら)へま憂(う)き世にもあるかな 山家集・西行 *ま憂き: 助動詞「まうし」の連体形「まうき」 《希望しない意を表す》…たくない。…するのがつ…

感情を詠むー「忍ぶ」 (2/4)

身にこひのあまりにしかば忍ぶれど人の知るらむことぞ侘しき 拾遺集・読人しらず *「恋心が身にあり余っているので、我慢していても人に知られることになるのは、侘しいことだ。」 忍ぶれどなほしひてこそ思ほゆれ恋といふものの身をし去らねば 拾遺集・読…

感情を詠むー「忍ぶ」(1/4)

「忍ぶ」は心のうちにひそめて、こらえるあるいはがまんするの意味。さらには人目につかないように感情を抑えることをいう。古典和歌には多く詠まれているが、現代短歌では極めて少ない。 辱(はぢ)を忍び辱を黙(もだ)して事も無くもの言はぬ先にわれは依りな…

感情を詠むー「をかし」

「あはれ」とともに、平安時代における文学の基本的な美的理念。「あはれ」のように対象に入り込むのではなく、対象を知的・批評的に観察し、鋭い感覚で対象をとらえることによって起こる情趣。具体的には次のようなもの。 ① こっけいだ。おかしい。変だ。 ②…

感情を詠むー「むなし」 (2/2)

寂しめる下心さへおのづから虚しくなりて明(あか)し暮らしつ 島木赤彦 *下心: 心の奥深く思っていること。本心。 硫気噴く島の荒磯に立つ波の 白きを見れば、むなしかりけり 釈 迢空 うつうつに 心むなしくゐるわれを つくづくと思ふ。やみにけらしも 釈 …

感情を詠むー「むなし」 (1/2)

「むなし」は、空虚でからっぽな状態をいう。 人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり 万葉集・大伴旅人 世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり 万葉集・大伴旅人 士(をのこ)やも空しかるべき万代(よろづよ)に語り続(つ)ぐべき名…

師走、年の暮(2/2)

木の葉なき空しき枝に年暮れてまた芽ぐむべき春ぞ近づく 玉葉集・京極為兼 かづらきや雲を木(こ)高(だか)み雪しろし哀(あはれ)と思ふ年の暮かな 金槐集・源 実朝 *かづらき: 葛城。奈良県中西部、葛城山東麓一帯の呼称。 しづかなる心をもちてわびずみの師…

師走、年の暮(1/2)

師走の語源には、いくつかの説があるが、師匠である僧侶が、お経をあげるために東西を馳せる月という意味の「師馳す(しはす)」だというものが有力とされる。(平安末期の「色葉字類抄」の説明では民間語源とされる。)十二月は万葉集のころから「シハス」…

今年のわが作品から

令和二年も終りに近づいた。新型コロナ・ウィルスは衰える気配がない。今年のわが俳句短歌作品の中からいくつか挙げておきたい。 俳句十句(「古志」掲載) 松過ぎてカテーテルとるうれしさよ あらたまの木漏れ陽に聞くリスのこゑ 玄関をあけて驚く春の富士 …

虫のうた(5/5)

黄葉に間ある木の葉を蝕める虫をひそかに鳥がきて食む 筒井早苗 授かりし命と思へ石仏を日がな這ひゐる虫は小さく 酒井京子 *上の初句二句は自分への言い聞かせである。 永遠といふ地点まで這ひゆくか薔薇より落ちし十ミリの虫 木村光子 *上句に作者の情念…

虫のうた(4/5)

微小な生命の代表である虫の生態に注目することが、人間の生き方を観返ることになる。 なんの虫かわからぬ虫の鳴きをるよ人間のみが暗きにあらず 石川一成 触覚をしきりに拭ふ虫一つ本読む止めてしばし憩はむ 吉村睦人 背に負へる褐色の毛に朝山の露いただき…

虫のうた(3/5)

眼も鼻も潰(つひ)え失せたる身の果にしみつきて鳴くはなにの虫ぞも 明石海人 *作者は25歳のとき、 ハンセン病(癩病)を発症した。 風青くふきたつときにかすかなる虫のいのちも跳びいそぐなり 坪野哲久 あかつきに羽透く虫ら草葉よりうすきみどりの色を盗…

虫のうた(2/5)

さまざまにこころぞとまる宮城野の花のいろいろ虫のこゑごゑ 千載集・源 俊頼 *「さまざま」「いろいろ」「こゑごゑ」といったリフレインが心地よいリズムを作る。 宮城野: みちのくの歌枕。宮城県仙台市の東方一帯の野(国府のあったあたり)をさす。 野…

虫のうた(1/5)

ここでは、単に虫と詠まれた歌を見てみる。なに虫と書かれていない、具体名のない場合である。昆虫を想定することが多い。微小な生命の象徴として詠まれる。 語源は「むす(生)」の連用形名詞。土や水の中から自然に生まれてくるのが「むし」と考えた(語源…

彫刻を詠む(2/2)

瓔珞(ようらく)の影さえうつす小面(こおもて)の冷たき冴えは胸にしみ来る 馬場あき子 *瓔珞: 珠玉を連ねた首飾りや腕輪。インドにおける装身具であった。 小面: 能面の一つ。あどけなさを残した、かれんな若い女の面。 こともなくわだつみ像が支え立つ忘…

彫刻を詠む(1/2)

彫刻は、さまざまの材料(木,石,金属,粘土,象牙,蝋,石膏、アルミニウム,プラスチック,ガラスなど)に図像を三次元的に表現する美術。狭義には、石や木のような素材を彫り込んで形象を作る場合をさす。粘土や石膏のように次第に肉づけして作る場合を…

絵画を詠む(6/6)

絵を買つて絵を売つて暮らしのたつ話縁なき事は何にても楽し 清水房雄 虹のごとよみがへりくる画のなかに妹が姉の乳首をつまむ 日高尭子 みづからの呼び醒ましたる潮ざゐにゆれ出す壁画のなかの破船も 大西民子 *「潮ざゐ」は、作者の過去の記憶の暗喩であ…

絵画を詠む(5/6)

呆然と漫画のうへに涙垂る人と別れてこし夜の電車 岡野弘彦 大津絵の念仏(ねぶつ)の鬼のほの笑い木木のさやぎにまじり売らるる 馬場あき子 *大津絵: 江戸初頭より近江大津の追分あたりで売り出された民俗絵画のこと。 南蛮屏風に描かれし船室に横たはり細…

絵画を詠む(4/6)

風の吹く夜にてゴッホ自画像の赤き瞳を吾は見てゐし 長澤一作 そこに人の立ちし事なき白き坂 壁の繪として持ちし半生 斎藤 史 椅子二つ空飛ぶ絵あり人間の重さ逃れし椅子らたのしげ 斎藤 史 我は待てり壁画の人が引きしぼる弓弦(ゆづる)ほどけて元にもどるを…

絵画を詠む(3/6)

この子供に絵を描くを禁ぜよ大き紙にただふかしぎの星を描くゆゑ 葛原妙子 うすぐらき壁にみえつつ聾画人ゴヤの肖像に浮腫少しありと覚ゆ 葛原妙子 *ゴヤはスペインの画家。46歳のとき、聴覚を失った。それが幻想豊かな名品を生む要因となった。 マリヤの胸…

絵画を詠む(2/6)

うつしゑの肩のほそりを見入りつつ寄りそふけはひ身におぼゆなり 松田常憲 *うつしゑ: 景色や人物などを描き写した絵。写生画。 この多忙な、人は恋しなかったか、 モナ・リザの、微笑も、 一時の憩ひだったのか。 赤木健介 *モナ・リザを描いたレオナル…

絵画を詠む(1/6)

わが妻も絵に描(か)きとらむ暇(いづま)もが旅行く吾(あれ)は見つつしのはむ 万葉集・物部古麿 *「私の妻の絵でも描く時間があったなら、旅の道中で絵を見て妻のことを偲ぶことができるのに。」 絵にかける鳥とも人を見てしがな同じところを常にとふべく 後…

音楽を詠む(3/3)

プールにはロックながれてゐたりけり身体(じく)のつかれをひたぶるに恋ふ 吉岡生夫 音楽は聞こえざれども三階の窓に拍手をとる少女みゆ 志垣澄幸 *音楽は聞えないが三階の窓に歌っている少女が見えて、周囲の人々が拍手しているのであろう。 音楽のなかをあ…

音楽を詠む(2/3)

コンクール目指して競ひし友も今は亡し秋めく陽ざしに楽譜を曝(さら)す 大西民子 夕ぐれはシンセサイザーわれ遂に巣を流したる鳥にかもあらむ 岡井 隆 *シンセサイザー: 電子工学的手法により楽音等を合成する楽器。 初句二句の解釈が困難。その後の文章は…

音楽を詠む(1/3)

楽器の歌については、過去にすでに取り上げたので、ここではいくつかの音楽の形態について詠んだものをとりあげる。 聞く人のなげぶしの唱歌にも浪あらじとはよき小歌ゆゑ 戸田茂睡 *なげぶし: 江戸時代の三味線伴奏の流行歌。最後の旋律を投げるように歌…

歌枕の衰退(3/3)

近現代の考え方については、加藤治郎『短歌レトリック』(風媒社)にまとめられている。最も詳細な考察は、佐佐木幸綱の定義であろう。近代歌枕を「近代短歌の読者が幻想を共有できる地名」だとして次の七つの条件を挙げている(「短歌」1995.5 歌枕の特集か…