天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

人・人間を詠む(2/7)

うち日さす宮(みや)道(ぢ)を人は満(み)ち行けどわが思ふ君はただ一人のみ 万葉集・柿本人麿歌集 巻(まき)向(むく)の山辺とよみて行く水の水沫(みなわ)のごとし世の人われは 万葉集・柿本人麿歌集 磯城島(しきしま)の日本(やまと)の国に人二人ありとし思はば…

人・人間を詠む(1/7)

人(ヒト)とは、学名がホモ・サピエンスとされている動物の和名である。 漢字は人が立って身体を屈伸させるさまを横から見た形にかたどる象形文字。人間とも言う。場合によって次のようにいくつもの意味をもつ。 ➀ひと。にんげん(人間)。「人権」「人情」…

身体の部分を詠むー乳房(6/6)

乳房の性格上、性愛に関わる事情を詠んだ作品が目立つ。 ちぎれむばかり大揺れの乳房走りゆく高二女子らの百米競走 志垣澄幸 この春はちぢむ乳房のをかしくもかろき心となりて梅見る 日高尭子 胸をはだけ子を待つときに明らかに乳房は世界を感じていたり 早…

身体の部分を詠むー乳房(5/6)

産むことを知らぬ乳房ぞ吐魯番(トルファン)の絹に包(くる)めばみずみずとせり 道浦母都子 *作者には『吐魯番の絹』という散文集もある。一度結婚したが、DVに会い離婚した。 夕ぐれは青みなぎれる乳房もつしばし風生む樫の木下に 佐伯裕子 右乳房あらぬを冬…

身体の部分を詠むー乳房(4/6)

蒼みゆくわれの乳房は菜の花の黄の明るさと相関をせり 阿木津 英 何ゆえにある乳房かや昼寒き町にきたりて楊枝を購(もと)む 阿木津 英 *作者の阿木津英は、現代短歌におけるフェミニズムの問題を追究し続けていることで知られる。その過程で起きた疑問のひ…

身体の部分を詠むー乳房(3/6)

よるべなき悲哀のごとく薄明に体温を放ちもり上がる乳房 岡部桂一郎 *横に寝ている女性の乳房を薄明に見つめて詠ったのだろう。 垂老に桃いろの乳房ふふまする農のおみなの一生のまこと 山田あき *垂老: 七十歳に近い老人のこと。 ブラウスの中まで明るき…

身体の部分を詠むー乳房(2/6)

夏のくぢらぬくしとさやりゐたるときわが乳(ち)痛めるふかしぎありぬ 葛原妙子 *作者の「料理歌集」にでてくる歌。文字通りに解釈してよさそうだ。 弟に奪はれまいと母の乳房ふたつ持ちしとき自我は生れき 春日井 建 もゆる限りはひとに与えへし乳房なれ癌…

身体の部分を詠むー乳房(1/6)

乳房は、哺乳類のメスが具える外性器の一つ。大和言葉(和語)で「ち」「ちち」「おちち」「ちぶさ」などと呼ばれる。「ち; 乳」は『万葉集』にも見られる古語。(辞典による) ひとなしし胸のちぶさをほむらにてやくすみ染の衣着よきみ 拾遺集・藤原道信 *…

身体の部分を詠むー心臓

心臓は 血液循環の原動力となる器官。〈心〉という漢字も心臓の形をかたどった象形文字。比喩的に物事の中心部のたとえ。また厚かましいこと、押しが強いことなどの意の俗な言い方に用いる。 われを証す一ひらの紙心臓の近くに秘めて群衆のひとり 小野茂樹 …

身体の部分を詠むー腹・胃

胃や腸のあたり。子宮、胎内も。こころ、本心などを意味することも。 腹立ちしなみいづかたによりにけんおもひあかしの浜はわれにて 藤原伊尹 *「腹の立った事柄は、どこかに行ってしまった。思い悩んで夜を明かしたのは 私だったのだ。」 といった意味。 …

身体の部分を詠むー唇(4/4)

くちびるに色あはくさすおもかげは夢すらにいつも、いつまでも泣く 成瀬 有 美人にはならないだろうでもピザのチーズのように笑う唇 広坂早苗 *下句の直喩は、解説が難しいだろう。 くちびるはわづかに開く表情に今が零れるやうな体温 尾崎まゆみ *体温が…

身体の部分を詠むー唇(3/4)

遊女(あそびめ)の唇(くち)のごときをあまた持ち椿は道の両がはに立つ 安田純生 挫折多き青春にして何時よりか常に曖昧母音の唇 持丸雅子 肉叢は死にはんなりとひつそりと水のくちびるを受けやしぬらむ 河野愛子 *肉叢: 「ししむら」と読み、一片の肉のかた…

身体の部分を詠むー唇(2/4)

火をおぶる唇もちしものぞ行く花の枝白き夕闇の中 玉城 徹 *「火をおぶる唇もちしもの」とは、強烈な表現だが、相当な論客をさすのか、 キスをしたときに唇が熱かった相手をさすのだろうか。「唇もてる」ではないか? くちびるに水のことばはあふれつつ吟遊…

身体の部分を詠むー唇(1/4)

唇は、哺乳類の口の上および下の縁をなす軟らかくて可動性の大きい部分。 比喩表現として、「唇を噛む」「唇が寒い」などあり。 こころみにわかき唇ふれて見れば冷(ひやや)かなるよしら蓮の露 与謝野晶子 *自分の動作を記述した上句がセクシーで新鮮。 ふぢ…

身体の部分を詠むー頬(2/2)

噴上げの穂さき疾風(はやて)に吹きをれて頬うつ しびるるばかりに僕(しもべ) 塚本邦雄 わが頬を打ちたるのちにわらわらと泣きたきごとき表情をせり 河野裕子 わが頬に手をあてひと夜眠らざりし父あり父を忘れ眠らむ 犬飼志げの *作者は父親も心配するような…

身体の部分を詠むー頬(1/2)

頬(ほ)よすれば香る息はく石の獅子ふたつ栖むなる夏木立かな 与謝野晶子 *上句が詩的工夫といえる。 頬の肉落ちぬと人の驚くに落ちけるかもとさすりても見し 長塚 節 頬(ほ)につたふ/なみだのごはず/一握(いちあく)の砂を示しし人を忘れず 石川啄木 *石…

枕詞要約

枕詞の全容について整理しておきたく、内藤弘筰『枕詞便覧』(早稲田出版) から以下に要約してみた。 ■枕詞は上代文学の修辞法の一つ(現代における位置づけ)。但し当時は修辞法という概念はなかった。平安時代には「発語」と呼ばれていたようだ。「枕詞」…

身体の部分を詠むー額(2/2)

蒼ぐらく空よりくだる雪片を人恋ふるがに額(ぬか)にうけゐる 樋口美世 ライター燃ゆる闇の束の間見し額ひろくかがやきゐしを忘れず 大塚陽子 矜りかに孤立しをれどわが額(ぬか)に触れしは誰ぞ雪のあかつき 三國玲子 まなかひを白き手首の行き来して昼ひそや…

身体の部分を詠むー額(1/2)

ひたい、ぬか。「額づく」は、拝礼すること。 相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼(がき)の後(しりへ)に額づくがごと 万葉集・笠 女郎 *笠女郎が大伴家持に贈った二十四首の相聞歌のうちの一首で有名。 この額(ひたひ)ただ拳銃(ぴすとる)の銃口(つつぐち)を当つる…

身体の部分を詠むー喉(2/2)

全天の紅葉を仰ぎひつそりと圧(お)されてゐたる男(を)ののどぼとけ 小池 光 わが咽喉(のど)の仮性球(かせいきゅう)麻痺(まひ)ものを食(は)みものを飲むとき 常に苦しむ 宮 柊二 *仮性球麻痺: 発声ができにくくなったり喋れても同語反復をしたりなどといっ…

身体の部分を詠むー喉(1/2)

「のど」を上代には「のみど」と言い、奈良時代の文献でも「喉・咽」を「のみど」と読ませている。「のみど」の「のみ」は「飲み・呑み」、「と」は出入り口を表す「と(門・戸)」で、呑むための入り口の意味と考えられる。(辞書から) 日の下に妻が立つと…

身体の部分を詠むー脳(2/2)

物忘れひどくなりたるわが脳を嘆けどかくてしばし生きゐん 佐藤志満 半球(ヘミスフィア)子の脳葉をほつほつと照らしそめけむ<ことば>の星は 坂井修一 * 脳葉(のうよう): 大脳の解剖学的に区分けされた領域。目立つ脳溝を境界として、前頭葉、側頭葉、頭…

身体の部分を詠むー脳(1/2)

脳の真中に薄明の谷ありありと ひるのまどろみ ゆふのまどろみ 葛原妙子 *まどろんでいるときの脳内の状況を想像した。 夜ふけて脳をついばむ月よみのさびしき鳥よ爪きらめかせ 前登志夫 *月夜に得物の脳をついばんでいる鳥の状態を詠んだ。 冬の浮標(ブイ…

身体の部分を詠むー腕(3/3)

包帯の腕を吊りたる少年が横切る後を蝶の従きゆく 村山千栄子 枇杷の皮を剥ぐがに撫ずるしずかさにひとは身じろぐ腕より指へ 永田和宏 水鳥の鴨の羽いろのブラウスにあした冷えたる腕(かいな)を通す さいとうなおこ *腕(かいな): 「うで」の古い言い方。肩…

身体の部分を詠むー腕(2/3)

取材せし船より酔ひて来し夫の額冴えつつわが腕の中 三國玲子 抱き来し女の肩を放したる用なき腕を垂らして帰る 石田比呂志 乾燥炉の火を搔きまはしゐる腕(かひな)細きながらに筋肉動く 大平修身 *乾燥炉: 各種の熱源を使用し、水分・溶剤・接着剤などあら…

身体の部分を詠むー腕(2/3)

取材せし船より酔ひて来し夫の額冴えつつわが腕の中 三國玲子 抱き来し女の肩を放したる用なき腕を垂らして帰る 石田比呂志 乾燥炉の火を搔きまはしゐる腕(かひな)細きながらに筋肉動く 大平修身 *乾燥炉: 各種の熱源を使用し、水分・溶剤・接着剤などあら…

身体の部分を詠むー腕(1/3)

「ただむき、かひな」とも言う。腕に宿る力から転じて、武芸のたくみさ、職人の技術などについても使う。 腕拱(く)みて/このごろ思ふ/大いなる敵目の前に躍り出でよと 石川啄木 楤(たら)の芽にがき晩餐ののち汝とねむり金色の腕の下にほろぶ 塚本邦雄 満月…

身体の部分を詠むー背(2/2)

胸郭の内側にかたき論理にて棍棒に背はたやすく見せぬ 岸上大作 *日頃の政治運動からできた一首。 さみしさをあらはにみせてゐるだらうわたくしの背(せな)をみないで欲しい 岩田記未子 ぽきぽきと背骨を折らばすがしからむ何にあらがひてきたるわが生(よ)か…

身体の部分を詠むー背(1/2)

久方のあまつみ空は高けれどせをくぐめてぞ我は世にすむ 夫木抄・宗尊親王 闇を背にまじまじと孤(ひと)つ保ちいる水銀灯に雨のしたたる 高安国世 *まじまじと: 目をすえじっと見つめるさま。水銀灯を擬人化している。 暖かき日ざしの窓に背をむけて記憶の…

身体の部分を詠むー肩(2/2)

肩厚きを母に言ふべしかのユダも血の逆巻ける肉を持ちしと 春日井建 *なんとも難解。歌の背景を知りたい。 蝶の粉を裸の肩にまぶしゐたりわれは戦火に染む空の下 春日井建 *上句の目的は、裸の肩が冷えないようにするためであったのか? 不可解。 荒あらと…