天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2021-10-01から1ヶ月間の記事一覧

温故知新(5/9)

第二の技法は、表記。複雑な漢字やその組み合わせ、当て字により読者に考えさせ納得させることが可能である。逆に、漢字で書くと一見して意が通じ、簡単に読み過ぎるところを、わざわざ仮名文字で表記すると、やはり立ち止まらせる効果がでる。塚本の歌から…

温故知新(4/9)

次に、前衛歌人・塚本邦雄から継承した技について見ていこう。 第一の技法は、「・・少女」「・・男」などの造語である。数多い塚本の歌から二首を。 氷上の錐揉少女(きりもみをとめ)霧(きら)ひつつ縫合のあと見ゆるたましひ 『星餐図』 絶えて蝙蝠傘修…

温故知新(3/9)

第三の技法は、感嘆詞、形容動詞、名詞としての「あはれ」。茂吉の場合、全歌集での平均使用頻度は1.9%、最も頻度の高い歌集は、『赤光』と『つゆじも』の3.7%である。 小池も盛んに「あはれ」を使う。歌集別に使用頻度を調べてみると、高いところは、『廃…

温故知新(2/9)

先ずは斎藤茂吉から継承した技から見てゆこう。第一は、ユーモア。茂吉の例は大変多い。謹厳実直な姿を想うと効果が倍増する。 大きなる都会(とくわい)のなかにたどりつきわれ平凡(へいぼん)に 盗難(たうなん)にあふ 『つゆじも』 上句の念入りなもの…

温故知新(1/9)

[注]元文は、「短歌人」2010年10月号に掲載されたものである。 短歌習得の基本的な手法なので、再録しておく。なお挿入した 参考画像は、WEBから引いたもの。元文にはない。 小池光の短歌作品を温故知新という観点から分析してみたい。「古」の代表…

人・人間を詠む(7/7)

夕つ方にんげんとなる刻(とき)がきて僧は雨傘さしていでゆく 前川佐重郎 にんげんの為すことおほよそ虚しくて馬うつくしく走らせなどす 成瀬 有 人間はみな化け物なり家の中にありてさへ沁みておもふときある 小池 光 人間はもののはづみにドロップの缶の出(…

人・人間を詠む(6/7)

赤の他人となりし夫よ肌になほ掌型は温く残りたりとも 中城ふみ子 「にんげん」と平仮名で書くなまなまと温くこのいとほしきもの 松岡裕子 グリセリンいと甘ければ医薬にも火薬にもなる人間がなす 喜夛隆子 *グリセリン: 三価アルコールの一(化学式C3H8O3…

人・人間を詠む(5/7)

秋草の道に久しき夕あかりここすぎてゆく人の吉凶 岡部桂一郎 人はみな悲しみの器(うつは)。頭(づ)を垂りて心ただよふ夜の電車に 岡野弘彦 夕かぜのさむきひびきにおもふかな伊万里の皿の藍いろの人 玉城 徹 さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き…

人・人間を詠む(4/7)

けふはもし人もや我を思ひ出づる我も常より人の恋しき 風雅集・永福門院 *「今日はもしかしたら、あの人も私のことを思い出しているのではないかしら。私も、いつもよりあの人のことが恋しく思われる。」 人影を雪間に遠く見出でつつわが訪はるるに定めてぞ…

人・人間を詠む(3/7)

里はあれて人はふりにし宿なれや鹿もまがきも秋の野らなる 古今集・遍昭 吉野川いはなみたかくゆく水のはやくぞ人を思ひそめてし 古今集・紀貫之 *上句は、下句の「はやくぞ」の序詞になっている。 人はゆき霧は籬に立ちとまりさも中空に眺めつるかな 和泉…

人・人間を詠む(2/7)

うち日さす宮(みや)道(ぢ)を人は満(み)ち行けどわが思ふ君はただ一人のみ 万葉集・柿本人麿歌集 巻(まき)向(むく)の山辺とよみて行く水の水沫(みなわ)のごとし世の人われは 万葉集・柿本人麿歌集 磯城島(しきしま)の日本(やまと)の国に人二人ありとし思はば…

人・人間を詠む(1/7)

人(ヒト)とは、学名がホモ・サピエンスとされている動物の和名である。 漢字は人が立って身体を屈伸させるさまを横から見た形にかたどる象形文字。人間とも言う。場合によって次のようにいくつもの意味をもつ。 ➀ひと。にんげん(人間)。「人権」「人情」…

身体の部分を詠むー乳房(6/6)

乳房の性格上、性愛に関わる事情を詠んだ作品が目立つ。 ちぎれむばかり大揺れの乳房走りゆく高二女子らの百米競走 志垣澄幸 この春はちぢむ乳房のをかしくもかろき心となりて梅見る 日高尭子 胸をはだけ子を待つときに明らかに乳房は世界を感じていたり 早…

身体の部分を詠むー乳房(5/6)

産むことを知らぬ乳房ぞ吐魯番(トルファン)の絹に包(くる)めばみずみずとせり 道浦母都子 *作者には『吐魯番の絹』という散文集もある。一度結婚したが、DVに会い離婚した。 夕ぐれは青みなぎれる乳房もつしばし風生む樫の木下に 佐伯裕子 右乳房あらぬを冬…

身体の部分を詠むー乳房(4/6)

蒼みゆくわれの乳房は菜の花の黄の明るさと相関をせり 阿木津 英 何ゆえにある乳房かや昼寒き町にきたりて楊枝を購(もと)む 阿木津 英 *作者の阿木津英は、現代短歌におけるフェミニズムの問題を追究し続けていることで知られる。その過程で起きた疑問のひ…

身体の部分を詠むー乳房(3/6)

よるべなき悲哀のごとく薄明に体温を放ちもり上がる乳房 岡部桂一郎 *横に寝ている女性の乳房を薄明に見つめて詠ったのだろう。 垂老に桃いろの乳房ふふまする農のおみなの一生のまこと 山田あき *垂老: 七十歳に近い老人のこと。 ブラウスの中まで明るき…

身体の部分を詠むー乳房(2/6)

夏のくぢらぬくしとさやりゐたるときわが乳(ち)痛めるふかしぎありぬ 葛原妙子 *作者の「料理歌集」にでてくる歌。文字通りに解釈してよさそうだ。 弟に奪はれまいと母の乳房ふたつ持ちしとき自我は生れき 春日井 建 もゆる限りはひとに与えへし乳房なれ癌…

身体の部分を詠むー乳房(1/6)

乳房は、哺乳類のメスが具える外性器の一つ。大和言葉(和語)で「ち」「ちち」「おちち」「ちぶさ」などと呼ばれる。「ち; 乳」は『万葉集』にも見られる古語。(辞典による) ひとなしし胸のちぶさをほむらにてやくすみ染の衣着よきみ 拾遺集・藤原道信 *…

身体の部分を詠むー心臓

心臓は 血液循環の原動力となる器官。〈心〉という漢字も心臓の形をかたどった象形文字。比喩的に物事の中心部のたとえ。また厚かましいこと、押しが強いことなどの意の俗な言い方に用いる。 われを証す一ひらの紙心臓の近くに秘めて群衆のひとり 小野茂樹 …

身体の部分を詠むー腹・胃

胃や腸のあたり。子宮、胎内も。こころ、本心などを意味することも。 腹立ちしなみいづかたによりにけんおもひあかしの浜はわれにて 藤原伊尹 *「腹の立った事柄は、どこかに行ってしまった。思い悩んで夜を明かしたのは 私だったのだ。」 といった意味。 …

身体の部分を詠むー唇(4/4)

くちびるに色あはくさすおもかげは夢すらにいつも、いつまでも泣く 成瀬 有 美人にはならないだろうでもピザのチーズのように笑う唇 広坂早苗 *下句の直喩は、解説が難しいだろう。 くちびるはわづかに開く表情に今が零れるやうな体温 尾崎まゆみ *体温が…

身体の部分を詠むー唇(3/4)

遊女(あそびめ)の唇(くち)のごときをあまた持ち椿は道の両がはに立つ 安田純生 挫折多き青春にして何時よりか常に曖昧母音の唇 持丸雅子 肉叢は死にはんなりとひつそりと水のくちびるを受けやしぬらむ 河野愛子 *肉叢: 「ししむら」と読み、一片の肉のかた…

身体の部分を詠むー唇(2/4)

火をおぶる唇もちしものぞ行く花の枝白き夕闇の中 玉城 徹 *「火をおぶる唇もちしもの」とは、強烈な表現だが、相当な論客をさすのか、 キスをしたときに唇が熱かった相手をさすのだろうか。「唇もてる」ではないか? くちびるに水のことばはあふれつつ吟遊…

身体の部分を詠むー唇(1/4)

唇は、哺乳類の口の上および下の縁をなす軟らかくて可動性の大きい部分。 比喩表現として、「唇を噛む」「唇が寒い」などあり。 こころみにわかき唇ふれて見れば冷(ひやや)かなるよしら蓮の露 与謝野晶子 *自分の動作を記述した上句がセクシーで新鮮。 ふぢ…

身体の部分を詠むー頬(2/2)

噴上げの穂さき疾風(はやて)に吹きをれて頬うつ しびるるばかりに僕(しもべ) 塚本邦雄 わが頬を打ちたるのちにわらわらと泣きたきごとき表情をせり 河野裕子 わが頬に手をあてひと夜眠らざりし父あり父を忘れ眠らむ 犬飼志げの *作者は父親も心配するような…

身体の部分を詠むー頬(1/2)

頬(ほ)よすれば香る息はく石の獅子ふたつ栖むなる夏木立かな 与謝野晶子 *上句が詩的工夫といえる。 頬の肉落ちぬと人の驚くに落ちけるかもとさすりても見し 長塚 節 頬(ほ)につたふ/なみだのごはず/一握(いちあく)の砂を示しし人を忘れず 石川啄木 *石…