2020-10-01から1ヶ月間の記事一覧
今年の「短歌人」十月号に、小池光さんの「仰げば尊し」五首があるが、その中に次の一首を見つけた。奥様を亡くされて独り暮らしの小池さんの現状が身に染みてわかる作品。 横須賀の海軍カレーあたためてひとり食ふべき夜とはなりぬ 小池 光 今まで取り上げ…
聞くための柔らかき襞日に透きてうすき血をもつにんげんの耳 三枝浩樹 窓に灯の蕭々と洩れ音もなく殺人現場の血を跨ぎゆく 砂田武治 魚けもの人も淋しき春の血を溜めてねむらむ夜空がひらく 河野愛子 血しほにもみちひきありておのづから満潮の夜の一身あを…
火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血ぬられて飛ぶ 春日井建 磔刑の絵を血ばしりて眺めをるときわが悪相も輝かむか 春日井建 まざまざと佐佐木信綱を血に継げば凄惨にさらに研ぎゆく視線 佐佐木幸綱 鮮血の日日に生きしかその狭き視圏のなかの巨いなる墳(ふ…
樹の幹を流れゐる血と男子らのよびごゑに眩(くら)む五月の少女 塚本邦雄 壮盛(さかり)過ぎむとして遇ふ真夏、手のとどく其処に血溜りのごとき日溜り 塚本邦雄 ふりかえる時諸共にふりかえり画廊の果てに血みどろの馬 岡井 隆 *諸共にふりかえったのは、連れ…
授業料未納を苦にせし青年は血を売りつくしつひには喀けり 原 三郎 祖父父母とつぎつぎ承(う)けて伝へたる血に疲れありとつぶやく吾子は 五島美代子 次々にかっさらはれてゆく犠牲者の血潮の中から守る組合旗 坪野哲久 *坪野哲久: 「アララギ」の島木赤彦…
血とは、➀動物の血管内を流れる体液。血液。 ➁血縁。血統。血筋。 ➂人のもつ感情や思いやり。 といった三種の意味を有する。 くれなゐの血潮もあかずみむろやま色にいづべきことのはもがな 新勅撰集・寂蓮 *みむろやま: 奈良県斑鳩町、竜田川下流西岸の丘…
いたむ胸したにして待つわが妻の跫音(あしおと)ひくく凍てたる廊下 小名木綱夫 不思議なり千の音符のただ一つ弾きちがへてもへんな音がす 奥村晃作 数かぎりなき飛天(ひてん)は空をあまがけり地に楽の音のわきたつところ 岡野弘彦 *飛天: 一般には虚空を飛…
かへり来て蝙蝠傘をたたむときいんきな音は壁のすそより 前川佐美雄 八月のまひる音なき刻(とき)ありて瀑布のごとくかがやく階段 真鍋美恵子 めざめしはなま暖き冬(ふゆ)夜(よ)にてとめどなく海の湧(わ)く音ぞする 佐藤佐太郎 立ちつづく背戸の木原をとよも…
くる人のむかふふぶきに物いはで雪ふむ音のさゆる道のべ 正徹 ゆく船の跡より見えね春霞たつ白浪の音ばかりして 水戸光圀 春雨の降るとも見えず谷かげは岸のしづくの音ばかりして 荷田春満 あめつちにわが跫音(あおと)のみ満ちわたる夕さまよひに月見草摘む …
日をへつつ音こそまされいづみなる信太のもりの千枝の秋かぜ 新古今集・藤原経衛 *「日が経つにつれて、音がいよいよ高くなることだ。和泉国の信太の森の楠の数知れぬ枝々を吹く秋風は。」 信太の森: 和泉国の歌枕。 秋風のややはだ寒く吹くなべに荻のうは…
和歌短歌に詠まれる音は、自然が発生するものが多い。雨、風、滝、川、鳥獣 等々。 人も自然に取り巻かれて生きているので当然のこと。時代が進むにつれて比喩的、象徴的な意味で詠まれることも多くなった。 越えわぶる逢坂よりも音に聞くなこそをかたき関と…
音は、物の振動によって生じた音波を、聴覚器官が感じとったもの。その転用として、うわさ、評判、便り、音沙汰、鳥獣の声 などを意味する場合がある。 おとの語源は「あつ(当)」の変化という。他の読み方には、いん、おん、ね、と、おっと などがある。 …
金・借金に関する作品を以下に。 思ひ出づるは生活の金を借る母に随(つ)きゆきしわれ貸しくれし伯父 滝沢 亘 封切らず渡しし金もわが手にて小箱にをさむ妻のをらねば 窪田章一郎 *「封切らず渡しし金」とは、誰かが作者に渡した金なのか? 作者が渡した金の…
新聞を詠んだ一連を以下にあげる。 火事に死にし少年文明(ふみあき)君の記事心にかかる四五日のほど 土屋文明 朝空を揺らしてわれら別れたりどこでも新聞を売る朝なりき 小野茂樹 *上句は、みんなが大きな声をあげて別れた、ということか。 夕刊の一紙はい…
新聞を詠んだ一連を以下にあげる。 火事に死にし少年文明(ふみあき)君の記事心にかかる四五日のほど 土屋文明 朝空を揺らしてわれら別れたりどこでも新聞を売る朝なりき 小野茂樹 *上句は、みんなが大きな声をあげて別れた、ということか。 夕刊の一紙はい…
ゆとりある人の如くに切手買ふ列に加はれば梅が香にほふ 田谷 鋭 郵袋は引きずられゆき運ばるる人の言葉のいかにも重し 富小路禎子 *郵袋: 「ゆうたい」と読む。郵便物を入れて、郵便局間の輸送に用いる袋。 謎めける黒き封筒まづ開きそこまでは乗せらるる…
爪先立ちして渡るに似たる生活に子は根をおろし眼を見開けり 五島美代子 しづかなる生活の音或るときは人眠らせる街と思ひき 大野誠夫 この国も日本も寂しついに生きてひとりを守る生活の意味 近藤芳美 生活を芸術化する生き方を思ひゐたりきわが事ならず 柴…
久々の雨にしあれば桶に受く 島の暮らしもいつか身につき 岡本昭生 三日(みか)四日(よか)の食となるべき蔬菜買ひ足のばしゆく秋となる海 温井松代 うすらかに雪をのせたる枇杷の花眩しくさぶし暮らしというは 新免君子 *枇杷の花期は、晩秋から冬(11 - 2月…
朝あけてベッドの卓に吸呑みが人亡き部屋の光りをうつす 村野次郎 *亡くなった人の部屋の朝の情景。生々しく感じる。 わが坐るベッドを撫づる長き指告げ給ふ勿れ過ぎにしことは 相良 宏 *ベッドを撫づる長き指の持ち主(女性であろう)の居場所・姿勢が想…
カーテンを引かざる窓のただ暗く寒潮(さむじほ)の音も今夜(こよひ)きこえよ 柴生田稔 カーテンに彩られゐし窓消えて二万人いま眠る孤立国 吉野昌夫 *作者は学徒出陣の経験があるが、その時の思い出なのか? 下句が具体的なようで実情が不明。 春まだき朝(あ…
夕づく日差すや木立の家の中一脚の椅子かがやきにけり 岡部桂一郎 *家とその中を外から眺めていたのだが、下句が家の幸福を想わせてうれしい。 この家に主人(あるじ)は留守と知りし時一脚の椅子輝きにけり 岡部桂一郎 *主の留守の部屋を詠んだのだが、この…
かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は 大西民子*十年間の別居後に離婚した作者には、未練があったのだ。 状況のかの欠落に降りたまる雪ありて青年の去りし夜の椅子 馬場あき子*青年が座っていた椅子を見ていて、上句を想ったのだろう。そ…
くさむらを刈りしが庭よりのぼりきて或る影はふかく椅子に沈みぬ 葛原妙子 ひとり去りひとりきたりて坐ること宿命として夜の椅子疲る 葛原妙子 *椅子の気持になるところが面白く、前衛的。 運河はるかに海にそそぐを見て居れどこの椅子もやがて立ちて行くべ…
厠は、数ある便所の中でも古く、奈良時代からみられる。古事記には、水の流れる溝の上に設けられていたことが示されており、川の上にかけ渡した屋の意味で、「川屋」の説が有力とされる。(語源由来辞典から) 厠に来て静かなる日と思ふとき蚊の一つ飛ぶに心…
風呂は元来、蒸し風呂を指す言葉と考えられており、現在の浴槽に身体を浸からせるような構造物は、湯屋・湯殿などといって区別されていた。平安時代になると寺院にあった蒸し風呂様式の浴堂の施設を上級の公家の屋敷内に取り込む様式が現れる。浴槽にお湯を…
玄関は、鎌倉時代に禅宗で用いられた仏教語という。玄妙な道に入る関門、奥深い仏道への入り口を意味した。玄関が住居の入り口の意味で用いられ始めたのは、江戸時代以降のことらしい。 鍋洗ふと君いたましや井(ゐ)ぞ遠き戸は山吹の黄を流す雨 与謝野鉄幹 *…
あしひきの山桜戸を開け置きてわが待つ君を誰か留むる 万葉集・作者未詳 *山桜戸(やまさくらと): 山桜を板にして作った戸のこと。 「山桜戸を開けたまま私が待っているあの方を、いったい誰が引き留めているのかしら。」 さ夜更(ふ)けて今は明けぬと戸を開…
対称形に並びいる窓おのおのにせめて異形の湯の煙あれ 市原志郎 *並んでいる窓がみな同じに見えたのだろう。下句から想像するに温泉宿なのだろうか。「異形の湯の煙」とは、何を期待しているのか。 人の生活(たつき)おぼろに透かす玻璃窓に執して蔦は紅葉し…
よき月と 賞めて通れる人のあり、 よき月夜かと窓を見上ぐる 渡辺順三 遠く来てひとりめざむる朝はよし千島に向ふ窓あけはなつ 橋本徳寿 カーテンを引かざる窓のただ暗く寒潮(さむじほ)の音も今夜(こよひ)きこえよ 柴生田稔 くれなゐにネオン顕ちくる夕まぐ…
窓の語源は、日本の場合、柱と柱の間の戸という意味の「間戸」からきているという。英語圏では、windowといって「風の目」を意味する。 窓越しに月おし照りてあしひきの嵐吹く夜は君をしぞ思ふ 万葉集・作者未詳 *「窓越しに月が照っているのが見える。嵐が…