天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

祖父、祖母を詠む(5/6)

  うすれゆく記憶にしろき霜の花ひかるやふいにわらいだす祖母

                         広坂早苗

認知症の症状であろう。誰もがいずれ経験するはず。

 

  おほははの皺ふかき顔にまなこといふ二つしづかなみづうみがある

                         小谷陽子

  祖母よりの便りひらけば坂下のポストへ向かふ杖の音聴こゆ

                         松本典子

*作者が今読んでいる祖母からの手紙から、祖母がその手紙を投函に向かう姿を想像している。悲しくなる作品!

 

  やがてわれを忘れてしまう祖母といて桜並木の先までを行く

                        後藤由紀恵

  糺したきことばかりなる冬の夜は祖母を捨てたしわれを捨てたし

                        後藤由紀恵

*「後藤の歌の主題は、同居する両親と祖母から構成される家族という舟だ」という

評者もいる。祖母については、

  転倒をくりかえす祖母をささえつつ廊下を歩くわれのスリッパ

といった作品もある。

 

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桜並木

祖父、祖母を詠む(4/6)

  毛羽もてる生(き)漉(ず)きの維新児童訓繰りゆけば祖母の小さき指あと

                         奥田清和

*生漉き: コウゾ・ミツマタ・ガンピだけを原料にして紙をすくこと。また、その和紙。

 

  久保山さん久保山さんとわが祖母は縁者のように日々口にする

                         石本隆一

  月に一度山の小屋より下り来る祖母を恐れき山姥のごと

                         永井保

  墓の位置知る祖母(おほはは)の骨壺を抱きてうから迷ひつつ行く

                        花山多佳子

*うから: 血縁の人々の総称。血族。しんぞく。

 

  「徒然(とぜん)こ」といふが癖なる祖母います三十年前板の日だまり

                         佐藤通雅

*「徒然(とぜん)こ」: 「退屈だなあ」の意味か。

 

  ネルという布地は祖母を思わしむあたたかくやや手強そうにて

                      さいとうなおこ

*ネル: フランネルの略。紡毛糸で平織りまたは綾織りにし、布面をやや毛羽立たせた柔らかな毛織物。

 

  百歳の祖母を車に乗せてゆく宝物を運ぶやうにしづかに

                         江頭洋子

  この秋も祖母は芒の白髪を風に委(まか)せてあの丘の上

                         相沢光恵

 

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ネル

祖父、祖母を詠む(3/6)

  金沢の「天狗舞」と呼ぶ酒に父の父へと血を手繰り寄す

                        中川佐和子

天狗舞: 1823年(文政6年)の創業。銘柄の由来は、蔵が深い森に囲まれ、木々の葉のすれあう音が天狗の舞う音に聞こえたとの伝説から「天狗舞」の名が生まれる。(WEBから)

 

  祖父の本ひらけば薔薇の花びら 逝きし後のほのか息づき

                        高橋みずほ

  母に打たるる幼き我を抱へ逃げし祖母も賢きにはあらざりき

                         土屋文明

  乳(ちち)足らぬ母に生れて祖母の作る糊に育ちき乏しおろかし

                         土屋文明

  祖母が口くろくよごれて言ふきけば炭とり出でてうまからずとぞ

                         片山貞美

  多く無頼に過ぎたる祖父にうけ継ぎし何の徳にか面ざしやせて

                        醍醐志万子

  嫁して祖母七十五年ひともとの樹にたとふれば両手にあまる

                         時田則雄

  名号を唱へ逝きたる祖母のこゑ終のなみだも透きとほりゐき

                         時田則雄

*名号(みょうごう): 仏陀や菩薩の称号をさしていう。浄土真宗では,「南無阿弥陀仏」の6文字を阿弥陀如来の名号とする。

 

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天狗舞

祖父、祖母を詠む(2/6)

  祖父また父さびしき検事近眼のこの少年の楽器を愛す

                         大野誠

  敗北はあるひは罪かブラキストン・ラインこえきし祖父を超すべし

                         時田則雄

*ブラキストン・ライン: 津軽海峡を東西に横切る動物相の分布境界線。 津軽海峡線ともいう。イギリス の 動物学者 の トーマス・ブレキストン が提唱した。

ツキノワグマニホンザル 、ニホンリス などの北限、 ヒグマ 、ナキウサギ 、エゾシマリス などの南限となっている。

 

  くびらるる祖父がやさしく抱きくれしわが遥かなる巣鴨プリズン

                         佐伯裕子

*父方の祖父は大日本帝国陸軍大将で、A級戦犯として死刑判決を受けた土肥原賢二

昭和23年12月23日に東条英機らとともに巣鴨プリズンで絞首刑に処された。

 

  死に際(ぎわ)にああま白しと祖母(おおはは)の言いし五月よまこと真白し

                         佐伯裕子

  おぢいちゃんの鼻と言ひつつ摘まみたる彩(あや)の稚き指(ゆび)のつめたし

                        落合京太郎

  大谷時計店明治生れのわが祖父のある朝いつせいに時計鳴りいづ

                         大谷和子

  自死の前の祖父と食みしよ悲しみの量(かさ)とも実りし乳の実いくつ

                        春日井 建

*乳の実: ぎんなん

 

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津軽海峡

祖父、祖母を詠む(1/6)

  かたがたの親の親どち祝ふめりこの子の千代を思ひこそやれ

                    後拾遺集藤原保昌

*「父方母方の親の親同士が孫の袴着を祝っているようです。子の子()が輝かしく長生する事を私も心から願っています。」(WEBから)

 

  祖父父母とつぎつぎ()けて伝へたる血に疲れありとつぶやく吾子は

                        五島美代子

  強きものに背負はれ歩む苦しさを曽祖父も祖父も知らで逝きたる

                        佐佐木治綱

  ただ一度われに拳をふるひたる生きてしあらば百歳の祖父よ

                         山本友一

  多感にして若き命を終りたる明治びと祖父はひげ濃かりけり

                         岡野弘彦

  祖父が植ゑし山の古木伐り尽くし父のひと世はおほよそ過ぎぬ

                         岡野弘彦

  病む祖母が寝ぐさき息にささやきし草葉のかげといふは何処ぞ

                         岡野弘彦

  多く無頼に過ぎたる祖父にうけ継ぎし何の徳にか面ざしやせて

                        醍醐志万子

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山の古木

力石を詠む(十一) 高島慎助

 岩田書院から出たこの本(画像参照)の帯には「かつて男達が力を競った力石。その力石に想いを込めて詠まれたものである。俳句、短歌、川柳など340作をまとめた。」とある。

 掲載頂いたわが作品(俳句と短歌)は以下のようなものである。各々に関連する力石の写真と注がついているので、尋ね歩いた時のことが思い出されてなつかしい。

     ちる花はとどめがたしも力石

     小春日のふたつ静かな力石

     風薫る銀杏のそばの力石

     西行と蝉のこゑ聞く力石

     小春日の力石見る円位堂

     力石炎暑に汗のとめどなく

  今ははや持ちあぐることかなはざり伏見稲荷のおもかる石は

  腰越に待たされし日日弁慶が身体きたへし手玉石あり

  さりげなく板碑の前に置かれたたる力石あり五所神社にて

  「力多免しの以志」とあるらし文字などは歳月を経て判読できず

  白々と石の鳥居の立つ元に力石二つつやめきてあり

 

[注]『力石を詠む(九)』について、2017-12-12のブログでご紹介しているので、併せてご参照下さい。

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力石を詠むシリーズ(十一)

 

鳥のうた(12/12)

  見られゐることに気付かず蹲(つくばひ)の氷(ひ)を突く鳥の<一所懸命>

                       楠田立身

*蹲: 茶室に付属する露地に低く据え付けた手水鉢。客が手と口を清めるために使用する。

 

  ひそと来て宗旦椿の淡紅の葩(はな)食ふ鳥にわれはあこがる

                       脇坂初枝

*宗旦椿: 千利休の孫の宗旦和尚が、小僧が椿の花を落とした際に、小僧に取った優しい対応の説話にもとづくという。

葩: 草木のはな。花びら。

 

  つぴつぴとぴぴと茶の木に鳥は鳴きくもりにまろく丘もりあがる

                       後藤直

  風花のガラス戸越しに舞ふ中を光のやうに来る鳥の声

                     井谷まさみち

 *風花: 晴天に、花びらが舞うようにちらつく雪。

 

  水浴ののちなる鳥がととのふる羽根のあはひにふと銀貨見ゆ

                       水原紫苑

*あはひ: 物と物とのあいだ。

 

  いにしへは鳥なりし空 胸あをく昼月つひに孵(かへ)らぬを抱(だ)く

                       水原紫苑

  死ぬるまで愛しあふ鳥 死を越えて愛しあう鳥 白ふかきいづれ

                       水原紫苑

  雨光るゆふやみにしてはしりゆく恋とは羽毛ながき鳥かも

                       水原紫苑

 

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宗旦椿