天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2021-01-01から1年間の記事一覧

令和三年のわが作品から

令和三年も終りに近づいた。新型コロナ・ウィルスは新しい株が出てきて衰える気配がない。今年のわが俳句短歌作品の中からいくつか挙げておきたい。 俳句十句(「古志」掲載) 宇宙にも初めと終り初茜 道の辺に思ひ出したり杜鵑草 撫で牛を撫でてはならず初…

女を詠む(4/4)

はじめより女は傷(いた)みに耐ふること勁(つよ)しと言はれつよく耐えきつ 真鍋美恵子 女(をみな)とは幾重(いくへ)にも線条(すぢ)あつまりてまたしろがねの繭と思はむ 岡井 隆 ハスキーに猫を呼びたる女(ひと)のあり性の脆さをいとしめるらし 伊藤弘子 *ハス…

女を詠む(3/4)

桐の葉に包みとらへし蛾を殺すをみなの指とおこなひを見つ 橋本徳寿 人々の噂を好むをみな子の中に交りてしばらく愉(たの)し 山下陸奥 うつしみは香をともなふと思ふときかなしきまでにちかし処女は 上田三四二 *うつしみ: 現し身(現在生きている身) 処…

女を詠む(2/4)

あまつ風雲のかよひぢ吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ 古今集・良岑宗貞 *「天の風よ、雲の通り道を吹き閉じてくれ。舞う女性(天女)たちの姿をあともう少しだけでも留めておきたい。」 出家後の僧名が遍昭。 あまつ風氷をわたる冬の夜の乙女の袖をみ…

女を詠む(1/4)

「をみな」の音便形が「をんな」。「め」はおんな・女性の意味から妻を指すことも。児、児ら、をみな子 なども。「をとめ」に当てた漢字には、少女、処女、乙女などがある。 ささなみの志賀津(しがつ)の子らがまかり道(ぢ)の川瀬の道を見ればさぶしも 万葉集…

男を詠む(4/4)

まぎれなき冬の夜の風くだり来(き)ぬ酔うてさみしき男となるな 紺野寿美 男はもかなしからずや犯されて泣くよろこびは持たず生きゆく 香川 進 *女性は「犯されて泣くよろこび」をもっているとの考え方のようだ。 現代では公然といえる内容ではないだろう。 …

男を詠む(3/4)

あなかしこ やまとをぐなやー。国遠く行きてかへらず なりましにけり 釈 迢空 *あなかしこ: 連語《感動詞「あな」+形容詞「かしこし」の語幹》。 「ああ、恐れ多い。」の意。 雪のこる遠くの山に背をむけて麦ふんでゐる一人の男 矢代東村 またひとり顔な…

男を詠む(2/4)

唐(から)国(こく)に行き足(たら)はして帰り来むますら建(たけ)男(を)に御酒(みき)たてまつる 万葉集・多治比鷹主 大夫もかく恋ひけるを手弱女(たわやめ)の恋ふる情(こころ)に比(たぐ)ひあらめやも 万葉集・坂上大嬢 *「丈夫の貴方でさえ私にこんなに恋して…

男を詠む(1/4)

「おとこ」の語源は、「おつこ(小之子)。古事記や日本書紀では「ヲトコ」にいくつかの漢字を当てている。別の呼び方には、「をのこ」「ますらを」「ますらたけを」「やまとをぐな」など、古典に豊富である。ちなみに「ますらを」に当てた漢字には、大夫、…

兄、弟を詠む(8/8)

兄弟は仲よくあそび空に揚げし凧に喧嘩をさせているなり 浜田康敬 いさかひの声よりさびし弟と姉の口笛とほくに揃ふ 花山多佳子 *いさかひ: 「いひさきあひ(言ひ裂き合ひ)」。言ってお互いを、お互いの立場を、裂き(破り)合うこと。口喧嘩をすること。 …

兄、弟を詠む(7/8)

ひくき墓石へからまる蔦よふゆがきても麦畑にゐます弟テオと 日置俊次 十六歳の弟の悩みの遠因としてわれはあり夏雲の階 澤村斉美 じふいちよ十一よと啼く慈悲心鳥亡きおとうとは修一(しういち)にてそろ 山埜井喜美枝 *慈悲心鳥: 「じゅういち」と呼ばれる…

兄、弟を詠む(6/8)

牛乳にて顔を洗うおとうとは部下をふやしつづけおり 高瀬一誌 *牛乳石鹸があるように、牛乳は洗顔によい。余分な皮脂や古い角質を落として肌の再生を促す。この歌の弟は、石鹸メーカに勤めているのだろうか。 [追伸]いわゆる市販の牛乳石鹸には、牛乳は含…

兄、弟を詠む(5/8)

眼鏡割り帰り来りし弟は部屋すみにして早く寝むとす 近藤芳美 或る夜覚めて何に怖るる弟の早き衰え父も母も亡く 近藤芳美 新しき仏壇買ひに行きしまま行方不明のおとうとと鳥 寺山修司 おとうとが蛇の卵を包むためシャツ脱げり炎天の開拓農地 春日井 建 弟よ…

兄、弟を詠む(4/8)

収入の変らぬ兄より渡されし帰省費用を置きて帰りぬ 江坂美知子 かすかにも狂ひて過ぎき、戦死せし兄にもらひし紺の天體圖 前 登志夫 弟のかなしみなればひたすらに海に来にけりきさらぎの海 前 登志夫 うつつなく虚空に眼凝らす兄オシログラフは生を告げゐ…

兄、弟を詠む(3/8)

この国の忌日つらなる八月になほ忘らえぬ死者よわが兄 水沢遥子 三月ほど逢はねば兄はささいなる用事をもちて職場訪ひくる 井上菅子 抽き出しの奥に残されいたりけり兄の春本酢の匂いして 浜名理香 兄の書きし日記を元に書かれたり太宰治の「パンドラの匣」 …

兄、弟を詠む(2/8)

的大き兄のミットに投げこみし健康印の軟球はいずこ 小高 賢 *「健康印の軟球」とは、軟球の面に「健康」の文字が書かれていたのだろうか? 新しき職得て在に落ちつきし兄より来たる豊後青梅 五所美子 *在: 「在郷(ざいごう)」の略》いなか。在所。 征き…

兄、弟を詠む(1/8)

兄とは、親を同じくする者同士で、年上の男子。弟とは、年下の男子。「おと」は「劣る」の語幹と同源。 うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山を兄弟(いろせ)とわが見む 万葉集・大来皇女 *うつせみの: 現世のという意味を込めて「世、命、人、身」な…

兄、弟を詠む(1/8)

兄とは、親を同じくする者同士で、年上の男子。弟とは、年下の男子。「おと」は「劣る」の語幹と同源。 うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山を兄弟(いろせ)とわが見む 万葉集・大来皇女 *うつせみの: 現世のという意味を込めて「世、命、人、身」な…

松村威歌集『影の思考』

型破りな歌集である。略歴には、「1945年生まれ、短歌暦10年」としか書かれていない。ただ「あとがき」に、何故短歌を書くか、という解説があるので参考になる。作品を読んでいくと、作者の分身が考え感じたことを短歌に表現したように思われてくる。それが…

姉、妹を詠む(7/7)

妹が濡れざふきんに拭きあげる父の墓石 その背のあたり 工藤こずゑ 死者が歳をとることがあるか成人した妹が夢にわれを打ちたり 真中朋久 麻の葉に雨降る姉とおもうとの遠世がたりに朝の雨降る 馬場あき子 *馬場あき子の短歌に金守世士夫の木版画を添えた『…

姉、妹を詠む(6/7)

梅雨寒の厨にひとりパンを焼く妹のこと思いていしが 松本みよ 夕空はしずかに反りて自転車の鍵を外すとしゃがむ妹 吉川宏志 半身を花輔に差し入れほんたうは蛍に生まれたかつたいもうと 大口玲子 *花輔: 花を売る店。 どうにもならない恋は一日お休みにし…

姉、妹を詠む(5/7)

思ひがけぬ熟語つかひて口はさむ下の子は姉の本も讀むらし 五島美代子 いもうとが手を貸したこと逃げのびる筈の一羽を雪のまうえで 平井 弘 濡るる燈に 雪舞ひ舞ふは、現し身の見ゐるうつつや。妹は死にたり 中井昌一 巴里北駅の灯明りの下かすかなる相似の…

姉、妹を詠む(4/7)

傘二つひろげて待てば妹はピアノに鍵をかけて出で来ぬ 大西民子 われに気づき右手あげたる妹に黒の手袋させゐてさびし 大西民子 われの死を見ずにすみたる妹とくり返し思ひなぐさまむとす 大西民子 *妹が先に死んだときの感慨であろう。 円柱は何れも太く妹…

姉、妹を詠む(3/7)

朝(あさ)羽(は)振り姉は飛びゆき夕羽ふり帰りこざりきこの庭の上(へ)に 高野公彦 *朝((夕)羽振る: 朝(夕)方、鳥が羽ばたくように、波や風が立つ。 スティングレーのりまはす姉ワルキューレ狂ひのおほあね撲りあふ朝 仙波龍英 *スティングレー: スズ…

姉、妹を詠む(2/7)

繭煮つつゑまふいもうとまへがみのうづゆるやかにわれを殺(あや)めよ 塚本邦雄 *結句が唐突すぎて鑑賞困難! 夏の鹽甘し わが目の日蝕といもうとの半身の月蝕 塚本邦雄 姉妹の中にかこみし火桶さへ冷たうなりて夜は更けにけり 柳原白蓮 みごもりし妹はとき…

姉、妹を詠む(1/7)

上代語で、同母の姉妹を「いろも」と呼ぶ。「いろ」は接頭語。同母の兄弟は「いろせ」である。 (注)なおこのシリーズにおいても参考画像をWEBから引用している。 豊かなる家のおとろへ世の塩にしみて静かにわが姉老いぬ 窪田空穂 姉よ涙隠したまへよこの夜…

渡辺白泉『俳句の音韻』

「沼津高等学校論叢第一集」から要点を紹介する。例句は全て芭蕉の作品。 五七五は、さらに細かく分節することができる。そしてその分節のしかたによって、或いは緩慢・静止的な律調が生まれ、或いは軽快・流動的な律調が生まれる。 緩慢な律調を生み出す分…

祖父、祖母を詠む(6/6)

天皇は死なぬと言いし祖母逝きて昭和も逝きてそして十年 川本千栄 ぼんたんを砂糖で漬ける祖母がいていつもうなずく祖父がいるなり 小島なお *ぼんたん: ブンタンのこと。柑橘類の一種。標準和名はザボン。 縦糸は律儀横糸勝ち気にて紬を風のやうに着た祖…

祖父、祖母を詠む(5/6)

うすれゆく記憶にしろき霜の花ひかるやふいにわらいだす祖母 広坂早苗 *認知症の症状であろう。誰もがいずれ経験するはず。 おほははの皺ふかき顔にまなこといふ二つしづかなみづうみがある 小谷陽子 祖母よりの便りひらけば坂下のポストへ向かふ杖の音聴こ…

祖父、祖母を詠む(4/6)

毛羽もてる生(き)漉(ず)きの維新児童訓繰りゆけば祖母の小さき指あと 奥田清和 *生漉き: コウゾ・ミツマタ・ガンピだけを原料にして紙をすくこと。また、その和紙。 久保山さん久保山さんとわが祖母は縁者のように日々口にする 石本隆一 月に一度山の小屋…