藤原良経は、幼少期から学才をあらわし、漢詩文にすぐれたが、和歌の創作も早熟で、千載集には十代の作が七首とられた。藤原俊成を師とし、従者の定家からも大きな影響を受けた。政治の立場では、後鳥羽院の信任を得て、摂政に任ぜられたが、三十八歳で急死…
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