天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

個性の現れる歌

 別に歌に限ったことではなく、作品と呼ばれるものには個性が現れないと面白くない。勅撰和歌集を見ても、名歌秀歌は多いが歌人の個性が現れた歌はそう多く無い。その時代は、個性を議論するような文化は未発達であったのだ。大体においてよく出来た無難な作品には個性が感じられない。以上は、自戒のつもりで書いた。「短歌研究」八月号から、歌人の個性の出た作品を二、三あげて見よう。

A 血流にニコチンとけるヂヂといふかすかなる音にも親しむわれは
B 脆弱な日本の若者見よといふ感じに負けて ワーツドカップ
C まんじりを決してこれの猫は見る画面に泳ぐマッコウクジラ
D ほしいままに生きしジュリアンソレルを憎みしは吾が体質の故も
  あるべし
E 世をあげし思想の中にまもり来て今こそ戦争を憎む心よ
F 白玉のをとめなりしを 現身に 吾をみごもりし 母しかなしも
G 生みをへて 血の気うせたる母の貌。くらき灯かげに 息づきて
  をり
H 五時限のゼミを終えれば窓の外に小雪を連れた夜が来ている
I 水槽にひらひら生きてオレンジの糸なすとさか のどかにののの
J かにかくに春ちかき但馬の海の底ゆ来ててろてろと人界に浮く


 A,B,C → 小池 光
 D,E   → 近藤芳美
 F,G   → 岡野弘彦
 H,I,J → 佐佐木幸網

措辞の面、技法の点からそれぞれに各人の個性が感じられるであろう。