天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

探梅行―蘇峰記念館―

蘇峰記念館の梅園にて

 徳富蘇峰記念館は神奈川県二宮町にある。蘇峰の秘書を務めた塩崎彦市氏が、蘇峰から託された膨大な蔵書・史料・書簡などを自宅の別棟に展示した施設である。塩崎氏没後、昭和54年に財団法人を創って博物館として開館した(博物館とは大げさだが)。塩崎家の庭は梅林になっていて、小さな粗末な書院もある。この梅林には今までに何度か訪れたが、記念館に入るのは今回が初めて。
 蘇峰の詳細な生涯にそれほど興味はないが、佐久間象山勝海舟西郷隆盛新島襄伊藤博文などから中曽根康弘などにいたる政財界人や夏目漱石森鷗外平福百穂などの文化人と親交があったことに驚く。蘇峰が新嶋襄設立の同志社英学校で学んだことを、NHKの「八重の桜」で知った。そして大磯にある新嶋襄終焉之地の碑文字を揮毫したことも知った。終戦後、A級戦犯容疑者に指名され、公職追放になった。90歳になってやっと公職追放が解除になった。95歳に熱海で亡くなった。
展示品の中で一番驚いたのは、西郷隆盛が晩年に着用していた外套である。西郷の死後しばらくして蘇峰が入手し愛用していたという。漢詩を詠み書画にも腕を振るった新聞人であり思想家であった。