塔の歌については、2010年2月23日と2013年5月19日に取り上げているので、それらとダブらないものをご紹介する。最近、ABS朝日で「塔博士の愛した数式」という番組を見て、人類学者・中沢新一の解説に感銘を受けたことがきっかけである。内藤多仲が構造設計を担当した東京タワーも通天閣も死と生の境界に建てられたという。塔の設計を数多く手がけた内藤多仲は、努力して高みに登れば彼岸に達する、といった考えを持っていたらしい。
人々は塔に何を感じてきたか。それが歌に現れているであろうか。
香(こり)塗(ぬ)れる塔にな寄りそ川(かは)隈(くま)の屎鮒喫
(くそぶなは)める痛き女(め)奴(やつこ)
万葉集・長忌寸意吉麿
かれ わたる いけ の おもて の あしの ま に
かげ うちひたし くるる たふ かな
会津八一
山の上のこの夕(ゆふ)陰(かげ)にたもとほり見上ぐる塔の
ひさしの氷柱(つらら)
川田 順
青き空見れども飽かず十三に重ねし塔の陶てりながら
土屋文明
塔のうへに幾世代すぎて錆厚き此の水煙のわらべの微笑
鹿児島寿蔵
いかるがの代掻小田のにごり水ここにも塔の影ひたりたれ
吉野秀雄
教会の塔見えてゐる丘とほく海に傾きて町暮れむとす
柴生田稔
サン・マルコの塔より鳴れる鐘の音にちかづく船に吾と
妻と居き 佐藤佐太郎
輝きそめし塔のネオンの青のうへ作業する人の徐々に動く
田谷 鋭
時計台動かぬ針のゆがみいて鐘鳴らぬ塔に夕映えは来る
武川忠一