短歌に詠む人名(3/7)
古典和歌が技法的にも最高レベルに達する古今集、新古今集の場合、伝説・神話の登場人物、地方や職業を代表する固有名詞あるいは擬人化名は出てくるが、特定できる具体的な人名は詠まれていない。古今集の例から。
龍田姫たむくる神のあればこそ 秋のこのはのぬさとちるらめ
つれもなき人を恋ふとて 山彦のこたへするまで嘆きつるかな
さむしろに衣かたしき こよひもや我をまつらん 宇治の橋姫
天彦(あまびこ)のおとづれじとぞ今は思ふ 我か人 かと
身をたどる世に
次は新古今集の例から。
網代木にいさよふ波の音ふけてひとりや寢ぬる宇治の橋姫
前大僧正慈円
白波に玉依姫(たまよりひめ)の来(こ)しことはなぎさやつひに
泊りなりけむ 大江千古
なお西行『聞書集』には、木曾義仲が近江で戦死したことを知って詠んだ次の歌がある。
木曾人は海のいかりをしづめかねて死出の山にも入りにけるかな
西行
その後の中世和歌の場合についても事情は同様で、実在の個人名は詠まれていない。
時によりすぐればたみのなげきなり八大竜王雨やめたまへ
源実朝『金槐和歌集』
天乙女(あまをとめ)通ふ雲路は変らねどわがたち馴れし世のみ
恋しき 為子『玉葉和歌集』
ささがにのくもの糸すぢ代々かけてたえぬ言葉の玉津島姫
為重『新続古今和歌集』
室町時代から安土桃山時代を経て江戸時代前期までは、和歌にとって沈滞期であった。江戸時代前期は、木下長嘯子の『挙白集』が出て、旧来の和歌と違って清新な歌境を開いた。着想も自由新鮮であり、用語は俗語・新造語を広く取り入れ、詠風は闊達であって、時流に卓絶している。だが、それにしても個人名はほとんど歌に詠まれていない。