湖のうた(5)
春めきし湖へ乗り出す舟のありふくよかの波を分けゆく舳先(へさき)
高安国世
湖(うみ)にわたすひとすじの橋はるけくて繊(ほそ)きしろがねの
韻(ひびき)とならん 高安国世
冴えざえと濡るる舗道の果(はて)にしてわが家はあり寒気湖
(かんきこ)の底 高安国世
雪が沁むかぎりなく沁むみづうみのその内奥の暗緑世界
斎藤 史
凍て初めし湖に向ひてくだる階たれよりもそのさびしさを知る
轟 太市
霧の扉(と)をひと押しすれば錐揉(きりも)みに堕(お)ちつつ湖の
神に会はなむ 上野勇一
湖(うみ)のへの闇にあそびし眼をもどす逢ひたくはなし逢はねばならぬ
岡井 隆
高安国世の三首目: 湖の文字が出てくるが、水を湛えた現実の湖ではない。3つの山に囲まれた京都盆地では、快晴の夜には放射冷却が起こり、冷気が溜まってかなり冷え込む。これを寒気湖あるいは冷気湖と呼んでいる。要するに「京の底冷え」のことである。
轟 太市は斎藤 史に師事した。これら二首はなんだか連作のように見える。
上野勇一の歌は、意味は分かるが心境の理解は困難。また構文がねじれているようだ。
岡井隆の歌は、別れ話の出ている相手のことを思っているように読める。