天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

安土城・縈見寺

縈見寺跡

 織田信長について、我々は虚像を植え付けられているのではないか? イエズス会宣教師のルイス・フロイスが残した記録、例えば「信長は神になりたかった」といった言説に左右され過ぎていたのではないか。今谷明著『信長と天皇』を読んでいると、資料の見方が実にバランスよい。信長は神として崇められたかったとフロイスは言っているが、そんな証拠は日本側にはない。天皇になりたかったわけでもない。世俗の天皇本願寺顕如も信長には、利用価値があるかどうかの材料でしかなかった。ただいにしえの唐天竺の聖賢たちと同様な尊敬を得たいとは思ったかもしれない。
 現在の安土城跡は、現代の縈見寺の所有であるらしく、私有地である。本能寺の変の後、織田信雄安土城に火を放ったが、縈見寺の楼門と三重塔は焼け残ったという。つまり、現在あるものは当時のものである。