天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

信長と伴天連

縈見寺跡の三重塔

 内藤 晶著『復元安土城』は、復元建築の詳細を極めて
きたので半分くらいまで読んで、中断した。替って、
フロイスの『日本史3ー織田信長編』にとりかかった。
信長がいかにキリスト教布教に協力したかがわかる。
そして、日本における宗教の既成権力を嫌っていたか
がわかる。例えば、


 「彼(信長)は司祭たちの話をきわめて注意深く聞き、
  周囲の者に種々質問し、結論として、仏僧たちが言う
  ことは皆偽りで、来世に関しては伴天連たちの言う
  ことだけが事実と思われるとつねに話していた。」


司祭たちに、セミナリオ建設のための土地を提供し、その
土地が足りない場合には、家臣の屋敷をどかせてまでも
拡張させ、また安土城にしか使用を許していなかった
奈良瓦(金塗装を除く)を使うことを許可した。

ただ、布教に関しては、フロイスの書いていることが
全て事実かどうかは疑ってかかる必要がある。
信長は、仏教や神道を否定したわけでなく、それに
依りかかって世の民衆を扇動する既存の権威を憎んだ
のであった。その証拠に、安土城の敷地には、縈見寺
という寺を建立し、家臣や民衆が参拝することを望んだ。