天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

伝元使塚

通称5人塚

 四月十四日開催される大相撲藤沢場所に先立って、大関白鵬らモンゴル出身力士十一人が、片瀬にある龍口山・常立寺を訪問し、元使五人塚に参拝したという新聞記事を読んだ。
鎌倉時代・北条執権の時、文永の役(1274)に失敗したフビライは、翌年、わが国に降伏を勧めるため、杜世忠ら五人の使節鎌倉幕府に派遣したが、北条時宗は降伏を拒否して、龍ノ口刑場で五人を斬首に処した。七年後、フビライは再度元軍を送った。弘安の役であり、これも台風に遭って失敗した。ここまでは知っていたのだが、使節五人の墓が常立寺にあるとは、今までまったく知らなかったので、さっそく訪ねてみた。常立寺は日蓮宗である。日蓮は、元寇国難として、北条執権に立正安国論を提言したが入れられず、龍ノ口刑場で危うく切られそうになった。そして斬首された五人の使節の屍を日蓮宗の寺が手厚く葬った。いったん死者となれば、敵味方なく弔うというわが国の政治・宗教の良いところである。
五人塚には、モンゴルの風習であろうか、参拝した力士たちが奉納した青いビロードの布が巻き付けてあった。なお、二年前には、モンゴル出身初の横綱朝青龍もここに参拝している。


      斬首されここに葬らる躑躅かな
      躑躅青き布巻く元使塚


  降伏をすすめにきたるフビライ使節斬られしこの五人塚
  白鳳とふモンゴル出身の相撲取り深く礼せりこの五人塚
  龍ノ口刑場に散る フビライの五人の使者を葬る石塔
  杜世忠ら五人の元使を祀りたる五人塚とふ伝元使塚
  国難の来るを知りて筆とりし洞窟暗き安国論寺
  かたや生きかたや斬られし刑場の跡地に立てる大き碑
  いしぶみ


  はふられし使節思へばはるかなり水行陸行旅路の果ては
  七百年越えて残れる五人塚相撲取りきて深く礼する
  モンゴルの風習ならむ力士らが塚に巻きたる青き天鵞絨
  (びろーど)