さくら草
学名のプリムラでも知られるサクラソウ科の多年草。北半球全体に250種もあるという。わが国では江戸時代から観賞用に栽培されている。色は、紅、紫、白など。
実は、逗子市の国際村が躑躅の名所なので、満開を期待して訪ねた。ここは一昨年、短歌人の夏季集会が開催された時以来なので、久しぶりということになる。だが、残念ながら躑躅の花には早かった。その代わりに、さくら草の花の絨毯に出会えた。
行きはバスが直に来たのでよかったが、帰りのバスの間隔が一時間以上もある。一昨年にたどった秋谷海岸までの谷間の道をまた歩いた。秋谷から逗子駅へは、バスの便が多い。
満開の時期にあらずも帯なせり赤むらさきのつつじの花は
躑躅咲く頃かと訪ひし丘の上にさきがけ咲けるさくら草の花
さくら草の花咲く丘ゆわが見しはかすめる海の一筋の水脈
丘の上ゆ見る海近しバスを待つ時間惜しみて谷越えゆけり
道の辺に大福、おはぎ売る小屋のありて寄りくる老いの自動車
隧道をくぐりてゆけば側壁に前のめりなるわが影のあり
うす暗き隧道ゆけば側壁に帽子かむれる影がつきくる
隧道を出でて潮の香海の辺に『草迷宮』の石碑ありけり
秋谷海岸にある泉鏡花の『草迷宮』の石碑には、次のように書かれている。
大崩壊(おおくずれ)の巌(いわお)の膚(はだ)は、
春は紫に、夏は緑、
秋紅(くれない)に、冬は黄に、
藤を編み、蔦(つた)を絡(まと)い、
鼓子花(ひるがお)も咲き、
竜胆(りんどう)も咲き、
尾花(おばな)が靡(なび)けば月も射(さ)す。
幼い頃、生前の母から聞いた手鞠歌を探して諸国を放浪し、ついに秋谷の里で出会うという話だが、この一節は、明治期の秋谷海岸の情景であろう。