椅子
言うまでもなく腰をかけるための家具だが、わが国では近代まで床に坐る生活であったので、武将の床几か僧侶の曲ろくがあった程度である。畳の生活から離れる時代が来て、一般家庭にも普及した。書斎や食堂の椅子、居間のソファなど。突然だが、江戸川乱歩の怪奇小説を思い出した。ソファの中に隠れて坐る女性の尻の感触を楽しむといった話ではなかったか。
くさむらを刈りしが庭よりのぼりきて或る影はふかく椅子に沈みぬ
葛原妙子
いわし雲みちし真昼の空に向くいま平安の椅子を廻して
安永蕗子
この椅子に涙ぐみつつゐしことも老いてののちにわれは思はな
上田三四二
かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は
大西民子
間引かれしゆゑに一生欠席する学校地獄のおとうとの椅子
寺山修司