鑑賞の文学 ―俳句篇(5)―
ひとつづつ冷たく重く蚕(かひこ)かな 長谷川櫂『天球』
[飯田龍太]一切の粉飾を去った裸の眼でとらえた句だ。眼というより心の据えどころか。例えば「をりとりてはらりとおもきすすきかな 蛇笏」にいくぶん似た感触だが、それよりも更にひややか。特に「冷たく重き」ではなく「冷たく重く」が適切。ここで一気に感覚が生きた。(『飯田龍太全集』第六巻鑑賞Ⅱ)
龍太によると、平成四年に彼が目を通した何十冊の句集のなかで、『天球』はとびぬけて秀れていた、という。すべて定型にして有季。対象から目を外らさぬ。表現のうしろからものの実体がぬっとあらわれて読者の肝の底に据わる。つまり、肝の据わった句づくり。
と讃辞を惜しまない。そして長谷川櫂の独自の感性と斬新な感覚を紹介する例として、次の一句をあげている。
だぶだぶの皮のなかなる蟇(ひきがへる) 長谷川櫂
(注)『天球』は花神社から出版されたが、現在は古書として購入できる。