天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

横浜ズーラシアにて

 鳥インフルエンザが拡がりを見せるのは、渡り鳥に原因のひとつがあるという。気がかりなのは、鹿児島県北西部出水平野の水田地帯に来ている鶴の群である。毎年十月中旬頃から翌三月頃にかけて約一万羽が越冬する。ここを訪れて歌を詠んだ歌人は多いようだ。中でも岡野弘彦の歌はよく知られている。それらは、万葉集を踏まえ、太平洋戦争で南洋に散った特攻兵士への鎮魂歌であり、また祖国へ帰ってゆく留学生への思いであった。


  若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴(たづ)鳴き渡る
                    山部赤人万葉集
  旅人の宿りせむ野に霜降らば我が子羽ぐくめ天の鶴群(たづむら)
                    遣唐使の母『万葉集
  天雲に翼打ちつけて飛ぶ鶴(たづ)のたづたづしかも君しまさねば
                    作者未詳『万葉集
  水門(みなと)風寒く吹くらし奈呉の江につま呼び交し鶴多に鳴く
                    大伴家持万葉集
  田に降りてまだ静まらぬ鶴むらの白きゆらぎの中に踏み入る
                    岡野弘彦『天の鶴群』
  ただ一羽ちまたの空をゆく鶴(たづ)の羽根すき透る夢のごとくに
                    同上
  真白羽を空につらねてしんしんと雪ふらしこよ天の鶴群
                    同上
  ほの白く空の真闇に発ちゆきしかの鶴群にまぎれゆくべし
                    同上
  はろばろと空ゆく鶴の細き首あはれいづくに降りむとすらむ
                    同上
  北をさし いま発ちてゆく鶴群の 万羽の声は 空をとよもす
                    岡野弘彦バグダッド燃ゆ』
  海に出て 群ととのふるたづむらの 大きうねりをはるか見まもる
                    同上


 なお、万葉集には、「たづ」「あしたづ」として全部で45首が詠まれている。ちなみに、新古今集では、6首のみである。