月(3)
農耕生活にとっては暦が必須になる。季節の巡りには朝日や夕日の位置が目安になり、日々の巡りには月の満ち欠けが目安になる。特に日本においては、縄文の昔から月は生産と深く関わり、人間の生殖活動も例外ではなかった。この観点から記紀歌謡や和歌を読む話が、宮坂静生『季語の誕生』に出てくる。女性の月経に関わる歌として、以下のような例を引いている。
『古事記』に倭建命の歌として
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枕かむとは 吾はすれど、
さ寝むとは 吾は思へど、
汝が着せる 襲(おすい)の裾に 月立ちにけり。
『古今和歌集』の「陸奥歌」に
最上河のぼれば下る稲舟のいなにはあらずこの月ばかり
いずれも性行為が月経のために今は無理、と詠んでいる。まことに現実的で詠われてしかるべき内容であろう。
ところで、月を男に擬人化した奥床しい呼び方が万葉集に出ている。
天にいます月読壮士(つくよみおとこ)賄(まい)はせむ今夜の
長さ五百夜(いおよ)継ぎこそ
山の端のささら愛壮士(えおとこ)天の原門渡(とわた)る光見ら
くしよしも
天の海に月の舟浮け桂楫(かつらかじ)懸けて漕ぐ見ゆ月人壮士
(つきひとおとこ)
「月読壮士(つくよみおとこ)」「ささら愛壮士(えおとこ)」「月人壮士(つきひとおとこ)」などである。ちなみにこうした名称を現代短歌に詠みこんだ歌人に塚本邦雄がいる。彼独自の造語も多い。三例だけあげておく。
朝ねむる月讀(つきよみ)壮士(をとこ)愛のため犂(からすき)
のごとかひなつかれて 『されど遊星』
ラガー驅け去るその瞬間の風壓にひらとあやふし白(しら)
芥子少女(けしをとめ) 『豹変』
われが詩歌のほろびを言ふにみなづきの杏(からもも)少女
(をとめ)もみもみとして 『詩歌變』
[注]右上の画像は、WEB上の「プレ天文―フリー月・画像集」から借用した。