天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

鑑賞の文学―俳句編(43)―

ぺりかん社刊

 先にご紹介した長谷川櫂芭蕉の風雅』の芭蕉が、現代俳句に生きていることを具体的に解説する本が出ている。堀切実『現代俳句にいきる芭蕉』である。奇しくも『芭蕉の風雅』より五日早い、今年の10月10日刊行である。さっそく購入して読んだ。以下にこの本の要点のひとつをまとめておく。
 芭蕉の時代に理論化された「姿先情後」「虚先実後」「取合せ」といった蕉風俳論が、五七五の最短詩型表現空間形式の根拠として、以後の俳諧史・俳句史に果した役割は大きかった。それぞれに代表的な現代俳人を一名ずつ例句と共にあげる。


  姿先情後: 「姿」の尊重は近代の「写生」を導き、しかも
        単なる描写に終らぬ人間の複雑な「情」の表出
        をも求める。
          高嶺星蚕飼の村は寝しづまり   水原秋櫻子


  虚先実後: 「虚」の重視は、「仮想」によって「現実」を映し
        出す方法として近代の「暗喩」による心象風景表出
        の手法に通じる。
          華麗な墓原女陰あらわに村眠り   金子兜太


   取合せ: 異質なものの「イメージ」を衝突させ、結合してゆく
        という手法は、多行形式俳句のねらう屈折と飛躍による
        表現空間とのかかわりをも感じさせる。
          身をそらす虹の
          絶嶺
              処刑台          高柳重信