山河生動 (5/13)
山枯れて言葉のごとく水動く 『麓の人』
山が枯れて水が動く、とはどういう状態か。落葉して裸になった冬山の間を流れ
る小川は、深緑の頃と違って全体の様子がはっきり見える。流れの音も饒舌なくらいに聞
こえる。言葉のごとくとは、そのような様子の類似表現である。
働く人々うごく鳶の眼露のやうに 『麓の人』
句の構造は、八七六。働く人々・うごく鳶の眼・露のやうに となっている。働く人々
と鳶の関係が鑑賞のポイントになる。これは、空を舞う鳶が地上で働く人々を見ている情景を表現している。鳶の眼が露の玉のようにうごいて、農作業でもしている人々を見ているのである。
きさらぎは薄闇を去る眼のごとし 『忘音』
陰暦二月の印象をずばりと、薄闇を去る眼のようだと言い切った。読者は「薄闇を去る
眼」とはどんな状態なのかを想像することになる。見えがたいものを見ようと目を精一杯
見開いている状態の薄闇を去ってやっと明るい場所にでるのだから、まさに始まったば
かりの春を表現していることになる。蛇笏の「凪ぎわたる地はうす眼して冬に入る」が参
考になる。ただしこちらは隠喩。
冬暖の風久闊を叙すごとし 『忘音』
寒さの厳しい冬の日に、まれに暖かな風が吹くと、久しぶりに人に挨拶するような新鮮
で面映い気分がする、という。類推表現。
薄氷ひよどり花のごとく啼く 『春の道』
花のごとく啼く、をどう解釈するか。花が啼くわけはないので、花が咲くように啼く、
と捉える。薄氷が張ってヒヨドリがぴーよぴーよと啼いている。その啼き方に花が咲くよ
うだ、と感受したのだ。
雪の日暮れはいくたびも読む文のごとし 『春の道』
七七六の句構造で、切れは /雪の日暮れは/いくたびも読む文のごとし/ となる。何
度も読み返す手紙は、懐かしい内容だからである。雪の日暮れにも、どこか寂しい懐かし
さがある。