食のうたー櫂未知子『食の一句』(5/6)
九月の句から
実ざくろや妻とは別の昔あり 池内友次郎
人間にうわの空ありとろろ汁 清水哲男
有(あり)の実を食(は)むや身ぬちの水ひびく 角谷昌子
*有の実: 梨の実の忌み言葉。「無し」という否定の響きを嫌い、「有り」という肯定表現にしたもの。日本語には、忌み言葉がかなり多い。
焼(やき)鶫(つぐみ)仰天の目を瞠(みは)りたる 橋本鶏二
*鶫: シベリアで繁殖、秋に大群で日本に渡来し越冬。以前はかすみ網で捕殺し食用とされた。現在日本では禁鳥になっている。
ほのぼのとはららご飯に炊きこまれ 大野林火
*はららご: 魚類の産卵前の卵塊。また、それを塩漬けにした食品。特に、鮭についていう。
十月の句から
パンプキンパイの断層鳥渡る 浦川聡子
芋豆や月も名をかへ品をかへ 重頼
*松江重頼は、江戸前期の俳人。貞門風の句作りを基盤にしながら〈心の俳諧〉〈連歌立の俳諧〉を主張した。この句の意味は、「芋名月」(中秋の名月)だの「豆名月」(十三夜の月)だの、お月様も忙しいことよ、という。
火を戀(こ)ふや独逸(ドイツ)腸詰薄く切り 宮下恵美子
からすみや甞(な)むるがごとく噛むごとく 林原耒井
*からすみ: ボラなどの卵巣を塩漬けし、塩抜き後、天日干しで乾燥させたもの。
形が中国の墨(唐墨)に似ているところからつけられた名という。
きらず汁秋も時雨(しぐれ)となりにけり 五明
*吉川五明は、江戸時代中期-後期の俳人。はじめ談林風をこのみ,のち蕉風に傾倒。
きらず汁: おからを入れたみそ汁。二日酔をさますのに効があるとされる。