食のうたー櫂未知子『食の一句』(6/6)
十一月の句から
蛸焼を返す手捌(さば)き文化祭 泉田秋硯
木の匙のカリフラワーのスープかな 井越芳子
ストーブにあぶりしするめ踊りだす 樫尾桂子
*ストーブが効いている。
荒(あら)星(ぼし)の匂ひのセロリ噛(かじ)りたる 夏井いつき
*荒星: 木枯しの吹きすさぶ夜の星。
セロリ: ヨーロッパから地中海沿岸地方の原産で、日本には16世紀の終わりごろに、中国から朝鮮半島を経て伝わった。冬期の11月 - 2月が旬。
手鞠(てまり)麩(ふ)を買ふや時雨のはなやぎに 草深昌子
*手鞠麩は、小さく丸めた生麩に色を付けた糸状の生麩を巻き付けて作る。吸い物、鍋物、煮物などに用いられる。
十二月の句から
新巻(あらまき)鮭憤怒(ふんぬ)の貌(かお)で届きけり 平野美子
風呂吹(ふろふき)の一(ひと)きれづつや四十人 正岡子規
*風呂吹: 大根の代表的な料理法。大根を厚く輪切りにして昆布だしでやわらかく煮て,ごまみそなどをかける。
気の弱り問はれてゐたる葛湯かな 西嶋あき子
*葛湯は、とろみがあるために冷めにくく、体が温まり、消化にも良いため、昔から離乳食・流動食・介護食・病み上がりの食べ物として食べられてきた。
聖餐(せいさん)に殻を残せるエスカルゴ 橋本美代子
*エスカルゴ: 食用のカタツムリまたそれを用いたフランス料理。
故郷がけんちん汁に混み合へり 松浦敬親
*けんちん汁: 大根、にんじん、ゴボウ、里芋、蒟蒻、豆腐などを胡麻油で炒め、出汁を加えて煮込み、最後に醤油で味を調えたすまし汁である。もともと、けんちんとは、野菜を刻み、豆腐を混ぜて炒め、油揚げか湯葉で巻いて油で揚げた料理をさす。
[参考]食を詠んだ作品には、短歌と俳句の性格の違いが顕著に出ている。俳句で扱う食材や料理の種類が短歌に比べてはるかに多いのである。