天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

弥生廟

 昨日に続いて今日も馬鹿陽気。昼休みに武道館周辺を歩いてみた。臘梅が数株満開のほかは花らしい花を全く見かけない。臘梅は江戸時代はじめに中国から渡来したので、俳句の素材には十分なりえたはずだが、臘梅を詠んだ名句を知らない。角川の『俳句歳時記』を見ても、四句しか出ておらず、すべてが匂いを入れている。つまらない。
        能楽堂出て臘梅の香に佇てり  加古宗也


 田安門の城壁上に、弥生廟あるいは弥生慰霊堂と称する神明造りの小さな社が鎮まっている。明治四年以降の警視庁及び東京消防庁の殉職者を祀るもので、文京区、芝公園青山墓地、と遷座し、この地に納まったという。現在の合祀者は二五一二柱で、特別功労者が二柱あるが、一人は初代警視総監・川路利良であり、もうひとりはガンベッタ・グロースというフランス人で警察顧問だった。無宗派にしてあるとのこと。
 その横に「昭和天皇御野立所」という碑がたっている。これは、関東大震災復興祝賀式典が昭和五年三月二十六日に行われたが、それに先立ち二十四日に、天皇が特に被害の大きかった下町一帯の復興を約五時間に亙り巡視された際の第一歩をここに駐められたことの記念である。当時はここから東京湾が望めた。この地はまた、近衛歩兵第一連隊の駐屯地でもあり、その縁で有志をつのって記念碑を建立したらしい。