詩を経て後の短歌(1)
日帰り出張で、岡山の先の福山と横浜との間を新幹線で往復すると、いいかげん乗り物が嫌になる。おかげで前登志夫の自選歌集『非在』を一冊読む時間があった。これは、『子午線の繭』と『霊異記とを抄として編んだもの。前登志夫はもともと詩作から出発し、途中で短歌を噴火のごとく作り始めた人である。はじめから短歌をやってきた人とは感性というか発想が違っているので、大変参考になる。このあたり追々鑑賞していきたいが、今日は、新幹線の中で読んでいてすぐに気づいた韻律上のバリエーションを見ておく。特に「交霊」に顕著である。
歩みつつ言葉はありきわが刈らむ麦の穂の闇に鋭し
( 5 7 5 5 7 )
尾根に立ち遠き山火事を見たり戦後のわれの自虐を見たり
( 5 11 7 7 )
つるみて雄を喰ふ蟷螂の夏の来訪者とせむわが青のむくい
( 4 5 5 11 8 )
死匂ふあかときの河部屋に入りそれより睡りはじめき窓は
( 4 7 5 7 7 )
充ちたりてなめくぢ移る遅々たり、見えざる村とわれの境を
( 5 7 4 7 7 )
塚本邦雄のように初句七音に拘った77577や下句86といった独自の韻律を確立しようという執着はないようである。
大学に合格したる息子らし新幹線に父母のはしやぐ
死の気配まとひて白き不二の峰新幹線の車窓に遠く
前登志夫歌集『非在』は手を離る眠りの深き新幹線に
淡青の空に白雲ただよひてとめどなかりきわが夢の旅
飽くるなくマニキュア貼れる女ゐてのぞみ9号名古屋に着けり
名古屋より乗り来し女鼻すすり文庫本読む隣の座席
鼻すすり男女(をとこをみな)の乗合はす新幹線は風邪の巣窟
けだるさに靴ぬぎ伸ばすわが足の靴下にほふ夜の座席に
新幹線春の日差しが膝にあり