天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

詩を経て後の短歌(2)

東京の開花宣言の基準となる靖国神社染井吉野は今まさに咲き出る寸前の蕾の風情だが、快晴なのに今日は襟を立てるほど風が冷たい。

     卒業式鳥居のしたの晴れ着かな
     霊魂のやどる木蓮白きかな
     高みよりざはと枝垂るる櫻かな
     開花まつ庭に軍犬慰霊祭


 詩から出発して短歌に入った前登志夫の作品の特徴を見ていこう。詩を鑑賞するつもりで臨むことが肝心。

  あはあはと燃ゆる小石をひたしくる八月の夜は祖母のオルガン
  *どこがわかりにくいかといえば、結句に唐突に出てくる
   「祖母のオルガン」であることは明白。八月の夜に祖母が
   オルガンを弾いているのだ。小石が燃えている庭に夜が迫り
   祖母はオルガンを弾く。


  みごもれる蟷螂ゆるく部屋に飛びわが背に青き夏山のトルソ
  *下句をどう読むか。これは単純であろう。夏山の上半身が
   わが背後に見えているのだ。


  あかときに舟入りてくる死者唄ふわかわかし脛(はぎ)の睡る入江に
  *わかりにくさの原因は、ぶつぶつ切れている構文にある。
   では思い切って分けて見ればよい。これは詩そのものである
   によってこれ以上散文に直すことはやぼであろう。
     あかときに舟入りてくる  死者唄ふ  わかわかし
     脛(はぎ)の睡る入江に


  死骸(なきがら)を曳く蟻のため落蝉は夏熾んなるこずゑを選ぶ
  *落ちた蝉がこずゑを選ぶとはなんのことか。時をさかのぼって
   歌っているのだ。落ちた後の死骸(なきがら)を曳く蟻のため、
   蝉は夏真っ盛りのこずゑを選んで鳴く、という。


  喬き樹の木下(こした)はさみしみどり児の青銅の村に千の巣燃ゆる
  *喬木の下はさみしいというのは作者の感受だから良いとして、
   「青銅の村」とは?「千の巣」とは? みどり児が生まれたから
   青銅色の村であり、そこに高い大樹があり、多くの小鳥が巣を
   掛けて暮らしているというのだ。その樹の下でみどり児が眠って
   いる情景と読む。