湯河原と文人
湯河原は古代から温泉地として知られていた。万葉集巻十四に次の一首がある。
足柄の土肥の河内に出づる湯のよにもたよらに
ころが言はなく
日露戦争の傷痍軍人を保養する場所としても提供された。養生園といい、万葉公園の一隅にあった。明治以降に訪れた文人も数多い。文学の小径の立て札には、俳句や歌も紹介されている。
どうどうと山雨が嬲る山紫陽花 長谷川かな女
遠可鹿ひびきて冷ゆる夜の肌 西島麦南
箱根よりいかづち雨の移り来て春しづもれる峡をとよもす
吉野秀雄
国木田独歩、与謝野晶子・鉄幹夫妻、夏目漱石 など。漱石未完の小説「明暗」の後半は、湯河原が舞台になった。不動滝を散歩する場面がある。漱石は温泉旅館天野屋に逗留して、療養と執筆に専念した。その天野屋は今も立派なたたずまいをみせているが、営業をやめてしまったようで、窓はすべて閉まっている。天野屋の入り口や庭には、桜が咲いていた。
温泉街を流れる藤木川周辺には、源流から順に白雲の滝、去来の滝、五段の滝、不動滝、だるまの滝 などがあり、不動滝がよく知られている。
春浅き足湯たのしむ独歩の湯
湯の郷の目白飛び交ふさくらかな
湯の郷の湯気の奥なる滝飛沫
膝小僧ならべ足湯をたのしめる乙女ふたりのまぶしかりけり
万葉の歌に詠まれし湯河原のかふちに聞けるせせらぎの音
湯の郷の河に朱塗りの橋かかり河辺に湯気のふつふつと立つ
湯の郷の早咲きの花咲き満ちて目白とびかふ声のうれしき
売りに出す宿もありけり湯河原の奥処にかかる一すぢの滝
湯河原も熱海と似たり名店街干物饅頭お土産ならぶ
湯河原の駅のホームに飛び来たり足元に寄る鳩の雄雌