天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

神代の面影

丹波の山並

 例年のことだが、5月連休明け頃と8月末の二回、兵庫県三田のM社研修センターで、二日にわたり電子回路設計技術の1級認定試験を実施する。当方は事務局として試験環境の設定と監督が仕事。とはいえ、試験官が別にいるので、環境設定が終われば後はいわば暇である。この暇を利用して、9月号の結社誌などを読んでいる。あるいはパソコンで株式市況を覗いている。先のブログに載せた「山鉾の句」や「寸感おろそかならず」は、こうした折にメモした内容である。
 三田は、新大阪駅から福知山線で行けるが、研修センターは住宅地の奥の岡の上にポツンとあるので、周囲には店舗もパチンコ屋もない。ひたすら本を読むかパソコンでWEBを見るかして時間を費やす。それにも疲れて、呆然と遠くの丹波の山並みを見ると、何故か神話の時代を想ってしまう。低い山並みだが、起伏に趣がある。雲がところどころに湧いて棚引いている。こうした風景は、奈良や伊勢でも見たことがある。現代にわずかに残る古代日本のまほろばの面影であろう。


  たたなはる丹波山並み白雲の湧きてたなびく神代のままに