否定の抒情
斎藤茂吉が短歌で否定形を多用したことはよく知られている。短歌で否定形を使う場合、純粋の否定、反語といった用法以外に心情のねじれやユーモアを含ませる用途がある。茂吉はその効果を熟知していたからであろう。
はるばると一すぢのみち見はるかす我は女犯を
おもはざりけり 『あらたま』
★茂吉における典型的な否定形の用法である。わざわざ
「女犯をおもはざりけり」ということで、読者は
茂吉が実際には女犯を思ったことを知る。では、何故
素直に女犯を思った、と詠わないのか。それでは、
身も蓋もなくなる。つまり否定形にすることで心情の
ねじれなりユーモアが醸し出されるのである。
この方法の歌はたくさんあるが、以下に少しだけあげておく。
朝森にかなしく徹る雉子のこゑ女の連をわれおもはざらむ
『あらたま』
隣り間に男女(をとこをみな)の語らふをあな妬ましと
言ひてはならず 『つゆじも』
かなしくも自問自答す銃殺をされし女にこだはるか
こだはりもせず 『つきかげ』
なお、茂吉が用いた否定形のさまざまを一冊の歌集で知ろうと思うなら、『暁紅』をお勧めする。