さくら花(2)
吉野に棲んで西行を慕った現代歌人に、前登志夫がいる。2008年4月5日に亡くなったが、彼の桜の歌を、以下にいくつかあげておこう。
さくら咲くその花影の水に研ぐ夢やはらかし朝の斧は
『霊異記』
咲く花の枝にねむれる夜の禽の泪はくろく紙にひろごる
『縄文紀』
山の樹に白き花咲きをみなごの生まれ来につる、ほとぞ
かなしき 『縄文紀』
岩押して出でたるわれか満開の桜のしたにしばらく眩む
『鳥獣蟲魚』
ふるくにのゆふべを匂ふ山桜わが殺めたるもののしづけさ
『青童子』
さくら咲くゆふべとなれりやまなみにをみなのあはれ
ながくたなびく 『青童子』
さくら咲くゆふべの空のみづいろのくらくなるまで人を
おもへり 『青童子』
大空の干瀬のごとくに春山のけぶれるゆふべ櫻を待てり
『大空の干瀬』
はたた神またひらめけば吉野山さくらは夜も花咲かせをり
『樹下集』