天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

ひまわり

近所の路傍にて

 今までにとりあげていない短歌を以下にご紹介しよう。アメリカ大リーグ野球MLBを観戦していると、選手や監督が向日葵の種を口に含み、その皮を器用に歯で剥いてぺっぺぺっぺと外に吐き出す情景を頻繁に見かける。野手が守っていてもこれをやる。鳩がこの選手の近くに下りてきて、種のおこぼれを啄む様子もテレビに映し出される。当事者は誰も気にしていない。


  向日葵の大き花芯が金属のかがやきもてり秋日のなかに
                    真鍋美恵子
  黒く立つ孤つとなりて向日葵の衰亡の姿(なり)かがやけるかな
                    坪野哲久
  心臓をもし持つならばこのあたり 同じ背丈の向日葵の前
                    天辰芳徳
  向日葵は陽にむき百合は土にむき人には言はぬことばに笑ふ
                    馬場あき子
  器用にもまたづぶとくも生きられぬ男の播きしひまはり咲けり
                    北浦輝彦
  幼児の水鉄砲に撃たれつつ笑えり庭のひまわりの花
                    今泉 進
  ゴッホ描き夕暮詠めるひまわりよこの花やはり大輪がよい
                    山下雅子
  誰と生きてもわたしはわたしであり続け向日葵はこぼす
  向日葵の種             岡本弘子