天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

『しづかに逆立ちをする』 (続)

六花書林刊

 私の好みの歌の続きである。幻想を詠んで魅力ある歌、比喩が巧みで楽しい歌など。


  オオオニバスの葉ごと葉ごとに燕尾服の侏儒の道化が正座
  してをり


  コンソメゼリーに閉ぢ込められて花のごとく海老は待ちをり舌
  ちかづくを


  北アイルランドの寥寥無慚(れうれうむざん)の土の上じやがいも
  ごこちにわれはころがる


  その顎に獲物をくはへおもむろにクレーンは膝を立てはじめたり
  化けかたを盗まむとしてわが猫は化粧はじめればすなはち寄り
  来(く)


  蜻蛉(とんぼ)とぶ島に暮らしてわが舌は朝な夕なに「てにをは」
  舐める
  *「蜻蛉とぶ島」とは「あきつしま」を言い換えたのであり、
   「大和の国」「日本国」の異称である。また枕詞でもある。


  下高井戸商店街にひとあふれうさぎの足裏(あうら)わがまへをゆく
  椰子の木は千の鶺鴒(せきれい)とぢこめて夢の木となりすこし
  ふくらむ


 ところで一連の作品として、心に沁みたのは「青海(せいかい)にスウィング」であった。兄上への挽歌と思われるが、爽やかな悲しみを感じた。挽歌としては珍しく、新鮮であった。一連八首からなるが、後ろの二首をあげておく。


  ジャズに憑かれヨットに憑かれし男はいま青海原(あをうなばら)に
  スウィングしゐる


  ふくらみに兄のかほ映るときありて紫の茄子しばしみつめる