『まはりみち』
「短歌人」所属の伊藤冨美代さんの歌集の名である。歌集を読んで受ける印象は、短歌の王道を真直ぐに歩んで来られた作者だなあ、ということ。即ち、短歌の快い韻律がしっかり守られている点、枕詞、比喩、擬人法、オノマトペ などが無理なく用いられている点、特別な体験でなく誰でもが見聞きするさりげない日常が詠まれている点 などが特徴である。その他に歌語、旧仮名遣いや漢字と平仮名の使い分けも効果を上げている。
それぞれについて五例をあげてみよう。
(1)快い韻律: 五七五七七、リフレイン による
台東区谷中寺道さくら道みどりの風の吹きわたるみち
くれなづむ浅茅ケ原にかそかなる風が運びし鹿を呼ぶこゑ
さかり花ふいにくだちて幻のくにに入るごとはなびらの散る
二人子を育てしことのこまごまをいにしへのごと友とかたりぬ
あらくさの乱るるなかにいくいくと石を削れる男ありけり
(2)枕詞: 古典的歌語、床しさ・懐かしさ を誘う
あらたまの年のはじめの稲荷社の空にたなびく露店のけむり
あかねさす空の向かうの果てといふ宇宙空間こころに無限
さにつらふ紅色傘につつまれて草木の眠る道ゆくところ
月の舟雲したがへてすすみたりあらたまの年西方燃ゆる
たたなづく夏雲のそら一枚のビラを差し出す指のたしかさ
(3)比喩: 直喩、暗喩 により円やかな感じを誘う
すこしづつ匍匐前進するやうに闇はしづかに家並にくだる
耳たぶをしづかに揉めば極上の眠りありとや体(たい)浮くごとし
藤の花垂りて小さき砂山に蟻は出入りすふためくさまに
白壁の家並に靴音偲ばせてあゆむ心地すユトリロ展に
幼きを育てし日々は遠のきて記憶はかそか寓話めきたり