『まはりみち』(続)
伊藤冨美代さんの短歌の特徴について続ける。
(4)擬人法: 生き生きと身近に感じさせ、時に哀感を出す効果
大けやきの梢の奥にひそみゐる空のしづけさ歳晩の夕
湧水の繊き流れはくねりつつ空のはたてにのぼりゆくべし
捨てられし木椅子はひとを待ちがてに花のしたにて風とたはむる
家跡の広ければ風うらうらとまよひだしたり草の尾つれて
放射状に眼鏡は人を待ちわびてガラスの棚に夕ぐれはくる
(5)オノマトペ: リアリティを感じさせる
ほろほろと雨にゆれゐる秋海棠紅をひらきてだれを立たしむ
れんげ草そよりとゆれて遠山に隠れむとする夕日のかげり
街路樹の根方にあらくさ生れそめてふはんと風の通り過ぎたり
人参を刻める音のさやさやと空の茜の消えゆくまでを
新緑はあらあらとして吹かれをり余白のごときメーデーの記事
(6)日常のさりげない事象: 共感を呼ぶ
終バスに空席ひとつ見付けたる人の安堵をバスは運べり
渡り板めぐらす高み行き来する男ふたりのリズムは揃ふ
「工事中回り道」とふ立て札にまはりみちゆく夕まぐれかな
つきつめてゆかぬ会話に安堵して子らは帰りぬ夜の車に
かそかなれど語尾の訛りをひとなかに耳にとがめてわが聞き澄ます
その他に惹かれた歌として
三千年土に還らぬ沈黙のミイラに長きまつ毛ありたり
言葉にてあらはすまへに届きたる心のかたち見ゆるさびしさ
地球儀をまはせば海に漂ひてたちまち消ゆる日本列島
岩川のほとりの枝にとまりゐてムカシトンボはそのかほ洗ふ
朝雨のやみたるほどに西窓を開くれば小鳥高みをめざす
やはらかに焼かれし壺の表面を飾る貝よりくぐもる声す
雪踏みて遠ざかりつつ輪郭を失ひてゆくダックスフント
歌集の過半については、端正な歌風の蒔田さくら子さんに学び選を受けた影響がよく出ている印象であった。歌集名は「まはりみち」だが、短歌の作りとしては、まことに順直と感じられた。