天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

吾輩には戒名も無い(3/8)

島木赤彦像

 自分が死ぬ時に犬の事を詠った歌人がいた。島木赤彦である。斎藤茂吉『島木赤彦臨終記』に次のように出て来る。
「その時、赤彦君のうしろに猫がうづくまつて咽(のど)を鳴らしてゐた。これは赤彦君がいつも猫を可哀がるので傍(そば)に来てゐるのであつた。皆が、猫の話をし、夏樹(なつき)さんの猫をいぢめる話などをしてゐると、赤彦君は、『初瀬、歌の原稿を書け』と云つた。そして、『わが家の猫はいづこに行きぬらむこよひもおもひいでて眠れる』と云つた。暫(しばら)くして、『ちがつた。ちがつた。猫ぢやない。犬だわ』と云つて笑つた。これは数日前に居なくなつた犬のことを気にして咏(よ)んだ歌である。
  わがいへの犬はいづこにゆきぬらむこよひもおもひいでてねむれる
その後は遂に歌を作らずにしまつた。この歌が赤彦君の最終の吟となつたのであつた。」
この辞世歌は、島木赤彦『柿蔭集』に、次のように載っている。
  我が家の犬はいづこにゆきぬらむ今宵も思ひいでて眠れる


[参考]右上の画像は「島木赤彦の足跡を訪ねて」
   http://www.p-rg.com/l/akahiko.html
   から借用した。