死を詠む(21)
死を宿し病むとも若さ大雪の朝の光を友は告げくる
春日井 建
死などなにほどのこともなし新秋の正装をして夕餐につく
春日井 建
愛は死と同心円とぞしかすがに日光月光ひとしくそそぐ
春日井 建
おそらくは死も安らけき闇ならむ ただ横臥(よこた)はり
一日(ひとひ)を終へる 王藤内雅子
ある時をカタンと眠りの段差へと落つるごときか死ということは
鈴木諄三
死ぬときは死ぬがよろしと母の声桜花(はな)の空より光りつつふる
山本かね子
生よりも死に親しみし日々ありと遅れて聞きぬ弥生雛冷ゆ
三枝浩樹
同心円のさびしさか死は 水分(みくまり)の鯉の背中をみづが流れる
黒木三千代
春日井建は癌で亡くなった。享年65。死病を得た晩年は、病と対峙する劇化された自己および現実に近い場面を均整のとれた文語体で詠んだ、と評価されている。が三首目は、下句が分かりにくい。後の黒木三千代の歌にも同心円がでてくる。この場合は上句が難解。