幻想の父(4/12)
■次に父の趣味、嗜好に関わる歌。
禁断の煙草に酔へば幻の琥珀色なす父のなかゆび
『驟雨修辞学』
結核を患った塚本にとって煙草は禁断であったはずが、あえて吸った時、煙草をよく吸った父の脂(やに)に染まった中指を幻想したのだ。
父はひそかに聖母の白き足愛しそのつぐなひのわが巨き足
『日本人霊歌』
わが足が大きいのは、私が生まれる前に父が人知れず聖母像のか細い足を愛していた代償なのだ、という。いかにも塚本短歌らしい。
鬼百合の雄蕊あらはに獣医学専攻学生の父の墓
『詩魂玲瓏』
獣医学専攻だった父は学生時代に自分を残して死んだと読める。その墓の近くに雄蕊もあらはに鬼百合が咲いていた。実父ではない。
哲学馬鹿の祖父の命日、牡蠣百個煮殺して父が舌鼓打つ
『約翰傳僞書』
塚本の晩年八十歳頃の作だが、自身を祖父の立場に、娘のいる息子の青史を父に見立てて詠んだとも鑑賞できる。