天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

幻想の父(5/12)

歌集『豹變』

■父と子の関係として、しつけや教育に関係する歌を見てみよう。塚本邦雄には兄が一人、姉が二人いた。
 わかき父あり時に激してわれを殴(う)つよろこびと夏あをき石榴と
                          『感幻樂』
サド・マゾ感覚が匂う。父が子を殴る、子が父に殴られる両者が感じる喜び。それを夏の青い石榴が象徴する。
 父はわが額(ぬか)もて額(ぬか)の熱はかる天罰の熱かすかなるかな
                       『青き菊の主題』
子供が熱を出していないかを手軽に確かめるのに額に額をつけることは昔ならよく見かけた。その熱が天罰だと断ずるところが塚本らしい。
 あざやかに夜の杜若(かきつばた)マルキ・ド・サド選集は父に
 うばはれしかば                 『水銀傳説』
結句の言い指しは、初句に返ってゆく倒置形である。父はマルキ・ド・サド選集などを、杜若の咲く夜に子供に読ませたくなかったのだ。この父は作者塚本邦雄であり、息子・青史が持っていたサド選集を取り上げたとも鑑賞できる。
 天窓の空洗朱(あらひしゆ)にみだれつつ亡き父の手の葉書がとどく
                           『豹變』
洗朱とは、黄みを帯びた丹色に近い朱。夕焼けの空が天窓に映っているのだ。その時、亡くなった父の筆跡の葉書が届いたという。