父を詠む(6/10)
男には男の絶望あることをみてしまいたり父の転勤
俵 万智
乳母車を押すごと車椅子を押す父のゆきたきところまで押す
外塚 喬
いつか超ゆる壁とおもいき幅ひろき父の背中を洗いしときは
小高 賢
しみじみとわが掌の中に柔らかし生終へし父のしろがねの髪
山口 純
もの食わずなりたる父と告げ来(きた)る雪の底いのおとうとの声
田井安曇
父さんは藁穂を束ねてなんぼでも習字の筆を作ってくれた
山崎方代
座を離れひとり炉端に物言はぬ父は骸をときどき見にくる
椎名恒治
さにつらふ風の少女を紫雲英田(れんげだ)に置きてさびしき父の草笛
武下奈々子
*さにつらふ: 赤い頰をしているの意。「色」「君」「妹(いも)」「紐」「もみぢ」などを形容する言葉。
鶴といふ名をつけしとき父が吾にあたへむとしたるものにをののく
久我田鶴子
祖父(おおちち)の処刑のあした酔いしれて柘榴のごとく父はありたり
佐伯裕子
*作者の父方の祖父は大日本帝国陸軍大将で、A級戦犯として死刑判決を受けた土肥原賢二。