天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

東京大学駒場キャンパス

東大・駒場キャンパス

 朝早めに家を出た。井の頭線駒場東大前駅で電車を降りる。何十年ぶりであろうか。多分三十年以上訪れていないはず。教養学部時代を鬱々と過ごしたところである。当時授業を受けた教室の場所をさっぱり思い出せない。印象が残っている授業は、今も健在なシェイクスピア研究家の小田島雄志教授(今は名誉教授)の英語と、先生の名前は忘れたが、代々木の外部講座にもかよって熱を上げたロシア語であった。本郷の専門学科に進んでから学問の面白さを知ったが、駒場時代はなんとも落ち着かなかった。ただ、夏休みに自宅の狭い部屋に籠って大汗かきながら、高木貞治の『解析概論』に取り組んだことはなつかしい。
 構内を一巡りしたが、グランドでスポーツに興じている学生たちがなんと幼く見えることか。当時より多くの大木にめぐまれているようで、都心ながら森の中にキャンパスがある。正門横の広報箱には、何故か一九九五年の月々の『教養学部報』がまとめて入っていた。一束もらってきて後でざっと目を通したが、吉川弘之総長の「有限量の理論」、佐々木教授の「フェルマーの最終定理」は、
さすがにアカデミックで感心した。
 キャンパスを出てから駒場公園にゆき、旧前田侯爵邸と日本近代文学館を巡る。


  訪ぬれば浦島太郎のこころもち時計塔見えてありし日のまま
  浦島の翁になりてわが歩く木漏れ陽うすき学び舎の路
  新しき学び舎多きキャンパスに今も変はらぬ木漏れ陽の道
  わがアルト・ハイデルベルグありし日の学び舎惜しむ
  ひぐらしの声


  旧前田侯爵邸の広縁にひとつをさなき麦藁帽子
  椅子四つテーブル一つま白きが木陰にありて秋ふかみかも
  焼け跡の黒き縁取り残りたり長塚節の『土』の原稿


 最後の歌の原稿は、斉藤茂吉の青山病院で預かっていた原稿で、例の火事で焼け残った。それを茂吉の奥さんの輝子さんが、文学館に寄贈したもの。
 午後からは池袋の東京芸術劇場における「短歌人東京歌会」の九月例会に出席した。小池光の核心をついたコメントの歌をいくつか次にあげる。大変勉強になる。


巣にかかるひぐらし二匹をたいらげてこの大食いの蜘蛛おそろしい
                      今井千草
*「たいらげて」は、頭から全部食ってしまう意味になるが、蜘蛛は体液を吸ふのであって、言葉としてふさわしくない。また、大食いとかおそろしいとか大仰であり戯画化が過ぎる。


逢ひたくもない奴にまた夢で逢ふこれは夢だと思ひつつ逢ふ
                      稲村一弘
*「逢う」という言葉は、逢瀬、逢引などとあるように、求めて逢う場合に使う表記。よって、初句はよいとして、それ以降は「会う」と表記すべき。


境内の出店がつぎつぎ閉ぢられて金魚は店主(あるじ)に連れられ帰る
                      中山邦子
*出店は不正確。露店であろう。店主でもあるじでもよくない。テキヤなのだから、「おやぢ」ぐらいにすべき。


「ぱぱとままとすめますように」秋風の拝殿横に絵馬かかりたり
                      秋田興一郎
*一番の傷は、「秋風」にある。これでは上二句と予定調和になってしまい、迫力に欠ける。逆方向のものをぶつけることを考えるべし。「春風の」ならまだよい。このあたり勘 違いしやすい。


幼年のわが背景に漆黒のガスタンクあり夕焼けており
                      藤原龍一郎
*下句の「あり」「おり」と動詞を並列すると歌を壊してしまう。「夕焼けの中」とするならよい。


        坂のぼるバスの右空望の月