天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

老いて華やぐ

 角川「短歌」三月号に、前 登志夫の「月代(さかやき)」という一連がのっており、なかなかよい。柔らかい韻律ながらしなやかで力強さを感じる。老歌人だが、作品に華やぎがある。気に入った歌をあげる。


A 咳きこめば狐鳴くかときみ言へり雪にこぼるる星座のひかり
B 月代はさびしきものぞいくたびもむささびの剃る雪の望月
C さびしさにきみは忿りてたちまちに春のかすみの幕ひきちぎる
D きさらぎの雪かをる夜に溶けはじむうからの記憶ゴディバのチョコ
E 柑橘の香のはるかなれ かろやかに櫂をつかひしわれならなくに


それぞれを鑑賞しよう。
A: こんこん咳をしている夫を妻が狐が鳴いていますよ、
  といった。星座のひかりが夜の庭の雪にかすかに漏れている。

B: 満月なのに雪が降っている。それをさえぎってむささびが
  飛びかう。あたかも満月の雪の月代を剃るがごとくに。

C: 山ノ神のきみは、会えばほっておかれたさみしさに怒り狂って
  春霞の幕をひきちぎる勢い。

D: 二月の雪が香るごとき清冽な夜には、ゴディバのチョコが
  溶けるがごとく親兄弟の記憶もあいまいになってゆく。

E: かろやかに櫂をつかった若い頃の私ではないが、まとっていた
  さわやかな柑橘の香もはるか昔のことになってしまった。