風船
「人情紙風船」という映画があった。1937年に公開された山中貞雄監督の時代劇である。原作は河竹黙阿弥の歌舞伎「梅雨小袖昔八丈」、通称「髪結新三」。映画のラストは、長屋の脇のドブ川を紙風船がひとつ流れていくシーンであった。浪人の首吊り、紙風船作りの内職、かどわかし、長屋のどんちゃん騒ぎ、決闘、夫婦無理心中 と極めて暗鬱な内容で救いがない。俳句では春の季語で、明るいイメージなのだが。
紙風船は五色の紙を貼り合せたもの。息を吹き込み膨らませ、手でついて遊ぶ。ゴム風船は、糸をつけて空中に浮かす。その風景にははかなさもある。
風船消ゆ空の渚にこゑのこし 石原八束
公園の風船売りも帰りたり 越智 郁
日の暮を風船売の残りもの風船玉の夕明かな
新井 洸
風船のしぼむとき笛が鳴り出でぬ美しと思ふ子の風船は
前川佐美雄
白き風船三十階を這いのぼり今ゆるやかに夕空に消ゆ
高安国世
観念に満ちし地上を放たれて風船が空の青に紛れゆく
島田修二
ゆくりなく放たれし赤き風船が雲に近づきながらかがやく
尾崎左永子