春告魚
なんとも奥ゆかしい名前の魚だが、鰊(にしん)のことである。寒流性回遊魚。北海道近海に春大群で産卵に来る現象を鰊群来(にしんくき)という。明治大正の頃は鰊御殿が出来るほど大漁に獲れたが、現在は往時の二十分の一以下になってしまったという。身欠きにしん、燻製、塩漬などにして食す。卵巣が数の子。
鰊群来(にしんくき)を詠んだ山口誓子の俳句を三句あげよう。いずれも第一句集『凍港』に載っている。
どんよりと利尻の富士や鰊群来
唐太の天ぞ垂れたり鰊群来
ただよへる海髪(うご)のひしめく鰊群来
日の光薄き浜びの板びさし春の鰊は燻(いぶ)し了へにし
北原白秋
ワビシといふ日本語今に伝はりて雨になびける鰊のけむり
土屋文明
いつしかに厚岸(あつけし)の鰊食ひなれてこの古き町は
新しく富む 樋口賢治
干鰊くくりて吊す向ひ家の部屋見えてをり一部なれども
宮 柊二
生みつけし鰊の精子数キロの幅にただよふといふ北の海
由谷一朗