天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

月(6)

NHK新日本風土記「月の夜」から

 月のシリーズの最後に、近現代の短歌に詠まれた例をあげよう。月は客観的な景物として詠まれ、和歌の時代のように月になにかを託すといった傾向は薄くなる。


  思ひきや月も流転のかげぞかしわがこしかたに何を
  なげかむ              柳原白蓮


  何事も人間の子のまよひかや月は久遠のつめたき光
                    九条武子
  縞馬にしたがひゆきぬ薊野にさす朱き月にくしみながら
                    塚本邦雄
  石中にとはに鎖(さ)さるる花ありと思ほゆるまで月
  しろく差す             高野公彦


  吾を生みしもの地にありと思へども二階にのぼり月に
  ちかづく              伊藤一彦


  月面をかつて歩きし人ながらあつけなく死す自動車事故に
                    宮地伸一
  眼鏡猿栗鼠猿蜘蛛猿手長猿月の設計図を盗み出せ
                    穂村 弘
  古人(ふるびと)のこよなき月をくもらする電磁波、排気ガス
  そらに充ちたり           十鳥敏夫