果物のうたー桃(3/3)
生きのびる心地に一つの桃を食むわがふるさとの愛はむに似て
大野とくよ
かなしみのみづみづとせる切口をさらし合ひたり桃とわれとは
築地正子
桃の皮を爪たててむく 憂鬱を ひとさしゆびと親指で剥(は)ぐ
沖 ななも
廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て
東 直子
*新聞紙の上で桃の皮を剥いでいるのだろう。「来て」という呼びかけは、何を
言いたいのだろう? 廃村が自分の故郷だったとか?
桃の皮しんねりめくり曲線のなぞりのうちに四十代果てし
松平盟子
大きなる桃の実を手に笑ひをりまるごとひとついただくつもり
久我田鶴子
剥いてゐる桃の肌(はだへ)に鬱血痕いくつかあらはれて虐待ありなむ
岸本節子
*桃の肌にある傷跡から虐待を想像することは、まことにリアル感あり。
中年や遠くみのれる夜の桃 西東三鬼
桃のなか別の昔が夕焼けて 中村苑子