天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

衣のうたー帽子・手袋・足袋(4/6)

  空つぽに満たされてゐるわが帽子冠ればゆふやみ掬ひてぬくし
                     上村典子
  なつぼうしまぶかく吾子にかぶらしむこの世見せたくなきものばかり
                     辰巳泰子
  喪のような空に帽子を投げつけて恋うるニコライ・スタヴローギン
                     古明地実
*ニコライ・スタヴローギン: ドストエフスキーの長編小説『悪霊』に出てくる主人公。
類い稀な美貌と並外れた知力・体力をもつが、徹底したニヒリスト。その彼を作者が恋しく思っているという。

  いま脱ぎて置かれしごとく軟らかしケースのなかの中也の帽子
                     中西輝麿
中原中也展かを見に行った時に見た帽子であろう。
  風に飛ぶ帽子よここで待つことを伝へて杳(とほ)き少女のわれに
                    小島ゆかり
*風に飛ぶ帽子は作者のものと解釈したい。恋人にここで待っていることを伝えてほしいと帽子に呼び掛けているようだ。だが、これでは下句の意味することと矛盾する。少女のわれに伝えて、という文脈になっている。なんとも不可解な構造!

  手套(てぶくろ)を脱ぐ手ふと休(や)む何やらむこころかすめし思ひ出のあり
                     石川啄木
  野に捨てた黒い手袋も起きあがり指指に黄な花咲かせだす
                     斎藤 史
  いかなる手ひそめたる冬の釣革にただ寡黙なる手套並ぶ
                     畑 和子
*「いかなる手ひそめたる」は手套にかかる。

f:id:amanokakeru:20200706065804j:plain

中也の帽子